こうした状況下において、ネットショッピングなど、70以上の事業を展開する楽天が、約4年前からドローンを使った新しい物流サービスの構築・提供を試みています。将来、場所を問わず荷物をすぐに受け取れるようになれば、私たちはますます住む場所を自由に選べるようになります。どのようなサービスなのか、楽天のドローン・UGV事業部のジェネラルマネージャー向井秀明さんに伺いました。
7年後には配送ドライバーが24万人も不足する!?
「ハーゲンダッツのアイスクリームを、猿島で食べられるとは思わなかった」。
これは神奈川県横須賀市にある離島の「猿島」において、2019年7月~9月に提供されたドローン配送サービスで、利用者から思わず出た言葉です。この時のサービス内容は、猿島のバーベキュー場を訪れた人が専用アプリで注文すると、海の向こうおよそ1.5km先にある横須賀市の西友からドローンを使って商品を届けるというもの。通常西友から猿島までは船で30分ほどかかりますが、ドローンならおよそ10分で配達完了。配送料は500円ですが、品物の価格は店頭と変わらず、数人分の買い物を同時に済ませられると考えれば、あっという間に元はとれます。例えばバーベキューに必要な焼き肉のタレを「忘れた!」なんてときも諦めずにすみ、あるいは往復1時間以上かけて定期船で買いに行く必要もなくなります。溶けやすいアイスクリームも、ドローンで買い物ができるなら、離島で食後に美味しく食べることができます。
実はこうしたドローンの実証実験は、国を挙げての取り組みとして注目されているのです。その大きな理由は、数年前から顕在化してきた「物流クライシス」であると向井さんは言います。
「2010年の時点では約7.8兆円だったネットショッピング市場は、2019年には約19兆円と、約2.4倍の規模に成長しています。一方で少子高齢化や、労働環境による不人気からドライバー不足が問題になっていて、ある調査では2027年には配送ドライバーが24万人不足すると指摘されています」(楽天・向井さん)
こうした課題を解決するために、国は、官民協議会の「過疎地域等におけるドローン物流ビジネスモデル検討会」を設置。また経済産業省はドローン物流をスムーズに実現するために欠かせない技術推進や法的整備について話し合う官民協議会「小型無人機に係る環境整備に向けた官民協議会」において、ロードマップを作成。その2020年版「空の産業革命に向けたロードマップ2020~我が国の社会的課題の解決に貢献するドローンの実現~」では、「2022年以降に有人地帯での目視外飛行(レベル4)を目指す」としています。
国を挙げてドローン活用へと向かう現在、物流クライシスはネットショッピング事業の成長に向けて解決すべき課題です。
「ドローンのようなイノベーションを利活用して物流クライシスを解決しようと考えたのです。こうしてドローン事業が立ち上がりました。主要な目標は、物流クライシスの回避と、地域エンパワーメントです。また、3つのミッションを掲げています。
1. こんな所に荷物が届く、という新たな利便性の提供
2. 物流困難者(買い物弱者)の支援
3. 緊急時の物流インフラの構築
我々はネットショッピング事業者として、ドローンを活用した物流サービスをパッケージ化し、民間企業や自治体等に提供することを目標に掲げています」(同)
誰でもすぐに扱えるドローン物流サービスを目指す
では、同社が挑んでいる「ドローンを活用した物流サービス」とはどんなものなのでしょうか。まず使用するドローンを見てみましょう。
「ドローンというと「操縦が難しそう」と思う人もいると思いますが、使用しているドローンは完全自律飛行タイプです。飛行開始ボタンを押せば、設定した飛行ルートをドローンが自動で飛行してくれます。メーカーと連携しながら、実証実験を通してさまざまな改善を図っていき将来的には、ボタン一つで誰でもすぐにドローンを飛ばせるサービスにすることを目指しています」(同)
「完全自律飛行をするためには、配送する側には飛行ルートを設定しドローンにその情報を与えるシステムがなくてはなりません。また、配送してもらう側にはスマートフォンで簡単に注文できるアプリが必要です。こうしたドローン配送に必要なソフトウェアやアプリ等も我々楽天で開発しています。
サービス開始の際には、着陸地点の設定などを運用者が任意に定めることを想定しています。楽天はリモート会議や遠隔操作などを通してサポートし、運行状況はリアルタイムで楽天側でも確認できます」(同)
これが楽天の考えているドローンを活用した物流サービスの概要です。従来の物流とくらべて遙かに人手がかからず、またドローンが離着陸できる場所さえあればどこでも荷物を運ぶことができます。
「ドローンを活用したオンデマンド配送はお客様が希望する時間と場所にピンポイントで荷物を届けることができるようになります。配送時間が約10~20分程度の短時間であれば、昨今のオンラインデリバリーサービスの様に、お客様が荷物の到着を待つことを考えると、再配達の心配もグッと減ることが考えられます」(同)
標高2800mへも、家の前の畑へも荷物が届く
冒頭で紹介した神奈川県横須賀市の猿島の他にも、これまでに同社では全国13県で、さまざまな利用シーンを想定して実証実験やサービス提供を行っています。例えば2020年9月には長野県白馬村において、山小屋への物資配送の実験が行われました。
離陸地点は麓の登山口、標高1250m地点にある「猿倉荘」。届け先である「白馬山荘」は標高2832mと、標高差は約1600mもありましたが、国内で初めてドローン配送に成功しました。人が山を登って運ぶと片道・約7時間かかるところを、わずか15分で5kgの物資を届けることができたのです。
また2020年2月には、岩手県下閉伊郡岩泉町において、買い物弱者の支援や、災害対策など緊急時の実用化を目的とした実験を行いました。過疎地と高齢化が進んでいる地域ですが、実験を通して、同様の問題を抱える地域でのドローン配送サービスが成り立つということが分かりました。
「地域によっては、ドローンの離着陸の場所として公民館の駐車場などを活用していましたが、例えば家の前の畑などを利用できれば、住民が荷物を受取に公民館等へ出掛けなくてもすみます。ドローンが活用されれば、高齢者も買い物に困らずに済むと考えています。
また同町は2016年に台風による豪雨で甚大な被害を受けたことのある地域ですが、そのような災害時でも緊急物資をドローン配送できることを目指しています」(同)
機体の安全性向上が今後の課題
一方で、まだ新しい技術・サービスですから課題もあります。
「まず一つの課題は、バッテリー容量と飛行距離です。現在のバッテリー性能では、約5kgの荷物を搭載すると、飛行距離は片道約5km程度。物流サービスの一翼を担うには、片道20kmは飛びたいところです。もう一つの課題は、機体の信頼性です。飛行機やヘリコプターのように、ドローンが日常で人々の上空を飛行しても安全かどうか、という点です。もちろん年々機体の信頼性は高まってきていますが、まだまだ高い安全レベルを満たすための実験検証データがそろっていません。そのためこれまでの実証実験では、海や川の上、あるいは人のいない山岳部を飛んでいました。どうしても道など人のいるところを横切らなければならない場合は、第三者の侵入を防ぐなどさまざまな対策を講じています。今後、人々が暮らす上をドローンが飛んでも、決して落下しないという安全性が確認できることもドローン配送サービスを拡大するうえで重要となってきます。機体の信頼性が向上すれば、飛行機やヘリコプターのように人や住宅の上を飛べるようになるでしょう。
楽天は、これまでの実証実験の通り、人の上空を飛ばさずに範囲を限定することでドローン配送の実証やサービスを重ねてきています。こうした実験の成功を着実に積み重ねることが、他企業の機体開発参入など、機体の進化を促すことに繋がるのではないでしょうか」(同)
ドローンを使った物流サービスが、地方や世界を助ける日
「オペレーションの仕組みなどは、将来的にはパソコンが使えて、運行前の点検が出来る人が扱えるレベルでの実装を目指しています。ただ高齢化の進む過疎地域では、やはりパソコンやドローンの扱いに不慣れな人が多いと思います。そのためにも、地域人材の育成が重要だと考えています。できれば、IoTなど先端技術に明るい、若い人に担ってもらうことが理想です。若い人が過疎地で地域人材として活躍すれば、その地域も活性化され、ひいては、その地域への移住者が増えるかもしれません」(同)
このように地方創生の可能性も秘めた「ドローンを使った新しい物流サービス」。同社は実際にサービスを開始する時期の目標を、「2021年」を目途として定めています。楽天はドローン配送というソリューションを各地域と連携しながら展開し、「ドローンが当たり前のように飛んでいる社会をつくっていきたい」とコメントしています。
さらに同社は、その先も見ています。「猿島のような活用法は、法律などさまざまな事を鑑みなくてはいけないが、例えば離島の多いフィリピンでも応用・転用できると考えています。世界には離島も山岳地帯も、交通網の貧弱な地域も、たくさんあります」(同)
近い将来、世界各地でドローンの実用が始まった際、国内・国外に同社のソリューションを提供するというビジョンのためにも「まずは日本で、きちんとカタチにしたい」と向井さん。日本中のさまざまな地域で、この恩恵を受けられる日が来るのは、そう遠くないようです。