ニセコ町ってどんな町?みんながイメージするあの国際的リゾート・ニセコひらふとは違う町
「ニセコ」と聞いて多くの人がイメージするのは、多くの外国資本による高級ホテルやコンドミニアムが立ち並び、国内外の富裕層が集まる華やかなスキーリゾートだろう。ただし、今回取り上げる「ニセコ町」は、そのイメージとは少し異なる。
「ニセコ」というのは羊蹄山を中心に、主に倶知安(くっちゃん)町、ニセコ町、蘭越(らんこし)町にまたがるエリアを指し、そのうち、スキーリゾートNISEKOの中心地「ニセコひらふ」があるのは倶知安町。ニセコ町は、倶知安町の隣町だ。国定公園ニセコアンヌプリと、蝦夷富士とも呼ばれる羊蹄山(ようていざん)の裾野に位置する人口約5000人の小さな町。ジャガイモやアスパラガス、メロン、ゆり根などを生産する農業と、四季折々の豊な自然を活かした観光が主要な産業。ニセコ町にも、スキー場やホテルがあり、外国からの移住者も多いが、倶知安町のニセコひらふ周辺に比べると落ち着いた静かな町である。
地球温暖化防止は待ったなしの今、大規模な産業のないニセコ町は建物の高断熱化に取り組む
ニセコ町は2014年、二酸化炭素排出量を86%削減しゼロカーボンを目指す「環境モデル都市」に国から認定され、さらに、2018年には内閣府から「SDGs未来都市」に選定されている。早くから環境への負荷を低減するための取り組みを行ってきた。しかし、地球温暖化や異常気象は簡単に抑えられるものではなく、それはスキー場の資源であるパウダースノーの質や、農作物の生育に大きく影響する。観光や農業で生計を立てている町民の生活をおびやかす。実際、ニセコ町でも近年はスキー場の雪質に変化が見られるという。地球温暖化防止は待ったなしの状況だ。
環境に負荷をかけずに二酸化炭素排出量を削減し、実質ゼロにするには「発電や産業、運輸など、化石燃料をエネルギー源として使用する際の二酸化炭素の発生を減らす」「太陽光や風力、水力、地熱、バイオマスなどを利用した再生可能エネルギーから電気をつくり使用する」などの方法がある。
「ニセコ町の場合、立地条件などから風力発電や水力発電は向いていません。林業や酪農業も規模が大きくないため、間伐材からつくられるチップを燃やすバイオマス発電や、酪農業から得られる家畜のふん尿を使ったバイオガス発電も難しい。再生可能エネルギーの活用が難しいのであれば、使用するエネルギーを削減することで二酸化炭素排出量を減らすしかありません。しかし、ニセコ町にはエネルギー消費量が大きな大規模工場が稼働するような産業がなく、町内でのエネルギー消費の約7割は一般家庭やホテル、公共施設など建物由来。特に、ニセコ町の冬は最高気温がマイナスの日が続くため、暖房に使われるエネルギーが大きい。それを減らすために、建物の断熱性能を高めるという選択にたどり着いたのです」(株式会社ニセコまち・村上敦さん。以下、村上さん)
建物のエネルギー消費を削減しなければというニセコ町の思いは、ニセコ町役場庁舎にも見ることができる。2021年に竣工した新庁舎は、高性能断熱材、アルゴンガス入りトリプルガラスの木製サッシが導入された超高断熱の建物。夏涼しく、冬暖かい庁舎には、町民ホールやキッズコーナー、授乳室などが設けられ、自然に町民が集まる地域の交流の場にもなっている。
ニセコ町に誕生する官民でつくる新たな街区「ニセコミライ」。環境と住宅問題の切り札に
環境負荷の低減のほか、ニセコ町が抱える慢性的な住宅不足に対応する、SDGsの視点から計画された新しい街区が「ニセコミライ」だ。開発の主体となっているのは、ニセコ町、地元企業、専門家集団が出資し、官民一体で立ち上げたまちづくり会社・ニセコまち。
「ニセコ町はもともと『まちづくりの主体は町民である』という住民自治の理念が基本にある町です。行政主導でもなく、地域外の大手企業に100%委ねるのでもなく、地域の人や企業を巻き込み、官民連携で挑戦しようとしています。そのため、住民が主体となって動けるように株式会社ニセコまちが設立されました」(村上さん)
ニセコミライがつくられるのはニセコ町役場などの公共施設や小中高校、幼児センター、飲食店などに歩いて行ける場所。将来的な計画では、約9haの敷地に、最大で450人程度が暮らすまちになる。
「第1工区は2022年10月から案内を開始しました。低層の木造集合住宅(木質化マンション)で分譲棟2棟、賃貸棟1棟と駐車場を予定し、現在造成工事中。オール電化で二酸化炭素を極力出さない住宅、暮らしがコンセプトです。最小限の光熱費で家中が暖かで、入居者個人の除雪や敷地管理の負担も少なく暮らしやすい住環境を整えます。また、第1工区の敷地内にはニセコミライの住民同士や周辺の住民の方との交流、子どもたちの遊び場など自由に使える住民共有の広場が設けられます」(株式会社ニセコまち・田中健人さん。以下、田中さん)
ニセコミライには、人口が増え移住希望者も多い、それなのに住宅が足りないという町が抱える課題の解消も期待される。
「ニセコミライのターゲットは主に、『現在の家が広すぎる、除雪が大変、市街地近くで生活をしたいなどで住み替えを考えているニセコに暮らしている方』『都市部からニセコに移ってきて、もっとニセコに溶け込みたい人』『ニセコに住みたいけれど、家がない』という方々です。分譲を開始してからは、別荘として使用したいという方からのお問合せも多いです。しかし、ニセコミライはもともと、町民の住み替えや、ニセコに根を張った暮らしをしたい人の移住を想定しています。ですから、特に、第1工区の一つ目の建物については、最終的にご購入いただく方すべてとお話しさせていただき、これからまちづくりに積極的に関わることを了承していただける方、ニセコ町のSDGsの理念に共感する方を優先してご案内しています」(田中さん)
目指すのは、ニセコに根を張り、コミュニティーに参加する人が暮らすまち。2025年以降に着工予定の第2工区は賃貸住宅とエネルギーセンター、シェアハウス、アトリエ、ランドリーカフェなどを予定。その後に着工する第3工区、第4工区はまちの需要に合わせた賃貸住宅や分譲マンションが計画されている。
2年前に建てられた集合住宅で実証実験中。これから生まれるニセコミライの家に活かされる
ニセコミライの集合住宅は、ニセコの厳しい冬をどれだけ快適に乗り越えられるのだろうか。2年前、ニセコ町の郊外にプロトタイプとなる集合住宅が建てられた。施工はニセコ町内の工務店が担当し、専門的な技術やノウハウは、ニセコまちと包括連携協定を結んでいる株式会社WELLNESTHOMEに全面的に協力を仰いでいる。ニセコミライを開発するスタッフと共に、高断熱住宅の先進国・ドイツを訪ね先進の高断熱住宅づくりを学ぶなど、地元の工務店にとっては技術力を高める機会にもなっている。(現在は、ニセコ町内の会社の従業員寮として使われているため取材時のみ公開)
「超高断熱・高気密の外壁と窓を採用しているため、冬季に使用する暖房は、建物全体を温める共用廊下のエアコン2台。このエアコンだけで外がマイナス14度でも、部屋の温度は19~20度を下回ることはありません。もう少し暖かくしたい場合は、各部屋についている500Wのパネルヒーターで室温を上げられます」(村上さん)
過酷な環境が、建物の耐久性にどう影響するかも気になるところ。
「冬は1階の窓の下半分くらいまで雪に埋もれてしまいます。外壁にクラック(ひび)が入らないか、重みで圧縮されて氷になってしまう雪の層は住宅にどのような影響を与えるのか、経過を見ながら、どれくらい耐久性があるかのテストをしているところです。結果は、ニセコミライで建てる住宅に活かしていく予定です」(村上さん)
ウッドショックで価格が上昇するなら、高断熱と電気のサブスクで住居費を抑える
町民や移住希望者のための分譲住宅や賃貸住宅が計画されているニセコミライだが、ここへきてウッドショックなどの建築資材高騰が影響し販売価格や想定家賃が当初の予定よりも上昇せざるを得ない状況。それでも通常の住宅と比較して入居者の経済的メリットに可能性を秘めているのは、建物の高い断熱性能と電気料金のサブスクだ。
「ニセコでは冬を乗り切るための暖房費が可処分所得を圧迫します。光熱費は暮らし方などで異なりますが、4人家族、一般的な木造一戸建てで月5万~7万円というケースも耳にしました。さらにこれからも、電気代などの光熱費は上がっていく見通しです。しかし、断熱性能の高いニセコミライの住宅では、2年前に完成した集合住宅で結果が出ているように光熱費を大きく抑えても暖かく快適に生活することが可能です。住宅ローンの返済や毎月の家賃がこれまでよりも多少増えたとしても、光熱費の大幅な削減でトータルでの住居費は抑えられるのではと考えています」(田中さん)
さらに、検討中なのが電気を安い時間帯に購入し、電気代を定額・低額に抑える電気料金のサブスクモデルだ。
「どの時間帯にどの電気を購入するのかはHEMSと自動制御を導入して管理会社である私たちニセコまちが行います。基本はオール電化住宅で電気の基本料金とエアコン、エコキュートのリース代・メンテナンス代を含めて月1万6000円の定額制を計画しています」(田中さん)
一定の範囲を超えて使用した分は従量制での課金も検討しているそうだが、寒い時期でも暖房費を気にせず快適に過ごせる安心感は大きい。
建物の性能を上げての省エネは、脱炭素社会を実現するためのスタンダードに
建物の断熱性を上げるというニセコ町での取り組みは、地元が経済的に潤う「域内経済循環」にもつながる。例えば『断熱による省エネ』で浮いた光熱費分のお金は、買い物をしたり外食をしたりといった地元や周辺地域での消費につながる。地元の工務店が断熱施工技術を学び、施工を行うことで、地元の工務店、職人の利益につながる。ニセコミライのような木造住宅で国産材を使用すれば、お金は地域、少なくとも国内に流通する。地域外に出ていってしまうお金を最小化するという自治体の戦略として汎用性があり、特に地方都市にとっては大きなメリットだ。
環境保護の面だけでなく、地域経済面でのメリットもある建物の高断熱化は、脱炭素社会を目指す自治体にとってこれからのスタンダードになるはずだ。