家賃がマイホームに変わる?! 「家賃が実る家」がつくる住まいの新概念

家賃がマイホームに変わる?! 「家賃が実る家」がつくる住まいの新概念

(写真/PIXTA)

以前、住宅購入を勧められたときに「家賃はお金をドブに捨てているようなもの」と言われたことがある。家賃を払い続けても、最後に何も手元に残らないと言いたいのだろう。でも、もしその家賃でマイホームが手に入るとしたら……? 今回は、毎月、家賃を払い続けると、借りていた家が自分のものになるという新しい不動産システムを紹介。そんな夢のような仕組み、本当にあるの?

家賃を払い続けたあとに“家”が残る、賃貸と分譲のハイブリッド

例えば月々10万円の家賃だと、1年で120万円。10年で1200万円になり、20年で2400万円、25年で3000万円になる。敷金礼金や更新料などを含めるとさらに出費は増えるだろう。3000万円と言えば、エリアや立地、広さなどにもよるが、新築の一戸建てが買える額だ。だから、「25年間、家賃を払い続けても、25年後には何も残らない」という理由で、賃貸よりも購入に軍配をあげる人がいるのもうなづける。

だが、家賃を払い続けた後に、「家」が残る賃貸がある。それが”家賃が実る家”だ。その上、エリアが選べたり、間取りや内装なども自分で選んでカスタマイズできる。いわば賃貸と分譲のハイブリッドなのだ。
仕組みはこうだ。まずは、建物の間取りや設備を選んで、内装や外装のカラーを選択しプランニングを済ませたところで支払う期間や家賃を決定する。その後、通常の賃貸と同様に身分証明書などにもとづいた入居審査を受ける。続いて土地の選定に取り掛かる段階で、登録事務手数料5万円(税別)と保証料等20万円(うち5万円は信用保証料、15万円は契約時の仮登記費用に充当)を支払う。希望の土地が決定し、大家(賃貸人)が確定してから建築を開始。約6カ月の工期を経て完成、入居となる。

(写真/PIXTA)

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審査は賃貸借契約の入居審査のみなので、金融機関の住宅ローン審査に通らなかった人でも、申し込みが可能。原則として三親等内の親族が連帯保証人となる必要があるが、親族以外の方の連帯保証人でも申し込みはできる。

入居後、あらかじめ決めた期間、家賃を払い続けると、期間終了後にその土地と建物の所有権が自分に移り、自分の所有物となる。所有権移転までの賃貸契約期間は10年~28年の範囲で設定が可能。北海道と沖縄を除く全国の希望エリアで建築できるが、東京23区内など地価が非常に高いエリアや、地方政令指定都市の駅前の商業系、工業系地域は選定できない。賃貸経営ができないエリア、中古住宅の市場(需要)がないようなエリアも同様だ。

なお、途中で退去する場合は、手続きを踏むことで途中解約が可能。建物の原状回復費用と「譲渡を受ける権利」を保全するために設定した仮登記の抹消費用を負担することになる。原状回復費用は間取りや建物の使用状況により異なるが、ハウスクリーニング費用と借り手の故意・過失により損耗した修繕費用を負担することになっている。

地方の人口流出を食い止め、移住定住を促すために考案

そもそもどのような経緯でこのような仕組みが出来上がったのだろうか。“家賃が実る家”を手掛ける株式会社Minoru代表取締役の森裕嗣さんに聞いた。

「私は秋田県内では賃貸管理・仲介、売買、建築業を営んでいますが、秋田県は、日本で最も速いスピードで人口が減少しているエリア。それだけに、人口流出に歯止めをかけ、移住定住を促進できないかと、その方策を模索していました。そんな中、『持ち家を購入する人は、基本的に定住する覚悟を持っている。だから、賃貸入居者が賃貸感覚で簡単にマイホームを取得できる仕組みがあれば、持ち家のハードルが下がり、定住性が高まるのではないか』という考えが浮かんだのです」(森さん)

このビジネスモデルを構想してからというもの、森さんは法務や税務、システム開発等、事業を実現するためのさまざまな課題解決に奔走、「最後に家が借り手のものになる」という仕組みも、入居時の契約や手続きによって可能にした。

「入居の際に、『賃貸契約』と『贈与予約契約』を締結して仮登記します。この二つの『賃貸契約』と『仮登記』をすることで、入居期間が終了した後の所有権移転を担保しています」(森さん)

こうして秋田で事業を開始、さらに構想から5年後の2018年12月には、事業を全国にリリースすることとなった。会員数は7355人に上っている(2019年12月現在)。

株式会社Minoru代表取締役の森裕嗣さん。大学卒業後、デベロッパー勤務、都内での不動産会社設立を経て、妻の故郷である秋田県でリネシス株式会社を設立。後に譲渡型賃貸住宅ネットワーク事業を新設分割し、株式会社Minoruに継承した(画像提供/Minoru)

株式会社Minoru代表取締役の森裕嗣さん。大学卒業後、デベロッパー勤務、都内での不動産会社設立を経て、妻の故郷である秋田県でリネシス株式会社を設立。後に譲渡型賃貸住宅ネットワーク事業を新設分割し、株式会社Minoruに継承した(画像提供/Minoru)

住宅ローンが借りられなくても持ち家が手に入る

秋田県・Aさん(家族構成:母、子2人))の場合

すでに“家賃が実る家”に入居して4年になる秋田県のA(41歳)さんは、「家賃が最終的に自分の資産となる」という点を大いに評価している。

「離婚して子どもたちとアパートに引越すところだったのですが、”家賃が実る家”のことを知って、こちらを選びました。アパートに住んでいたら、家賃は” ただ出ていくだけ”になるわけですが、このシステムだと捨てずに済む。それがとても良いと思いました」(Aさん)

それまで住んでいたところの近所という希望がかなったので土地勘もあり、子どもは転校させずに済んだ。リビングとキッチンがゆるく区切られていることや、リビングから階段で2階に上がる間取りも希望通りだったし、好みの茶系のインテリアでまとめられた点にも満足している。

Aさん宅の内装。建具がAのさん好みの茶系ベースとなっている(画像提供/Minoru)

Aさん宅の内装。建具がAさん好みの茶系ベースとなっている(画像提供/Minoru)

(画像提供/Minoru)

(画像提供/Minoru)

入居後4年経った今、「外壁を汚れが目立たない濃い色にして良かった」と実感しているそう(画像提供/Minoru)

入居後4年経った今、「外壁を汚れが目立たない濃い色にして良かった」と実感しているそう(画像提供/Minoru)

間取りは現在80種類から選べるようになっている(画像提供/Minoru)

間取りは現在80種類から選べるようになっている(画像提供/Minoru)

「住宅ローンの審査に通るかどうかは分からなかったので、賃貸契約の審査だけで家が持てるのは、女性一人で2人の子どもたちを育てる上で、とてもラッキーだったと思います。家賃は約7万円で、入居期間である30年間(*1)支払い続けられるかどうか、多少の不安はありますが、所有権が自分に移るまでは大家さんがメンテナンスをしてくれて(*2)、固定資産税なども払わなくて済む点は助かります」(Aさん)

*1:Aさんの契約時は最長入居期間が30年だった。現在は10~28年の範囲で設定することになっている
*2:入居してから15年間の修繕は、入居者の故意過失でない限り、電球や蛍光灯の交換等の軽微な修繕以外は賃貸人(大家)が負担。16年目以降の修繕費は入居者(所有権移転が済んでいる場合は所有者)が負担することになる

Aさん宅の間取図。リビングから廊下を経ずに階段で2階に上がれるつくりがAさんのお気に入り。2階の洋室はコンパクトながらも間仕切りで3つに仕切られているので、家族全員が個室を持つことができた(画像提供/Minoru)

Aさん宅の間取図。リビングから廊下を経ずに階段で2階に上がれるつくりがAさんのお気に入り。2階の洋室はコンパクトながらも間仕切りで3つに仕切られているので、家族全員が個室を持つことができた(画像提供/Minoru)

貸し手たちは安定的な投資先として評価している

茨城県・Bさん(父、母、子2人)の場合

一方、茨城県のBさん(40代)は、現在、建物のプランを確定したところだ。

「賃貸に住みながら、最後に自分のものになるという手軽さが魅力でした。実家の近くという希望エリアに土地を見つけてもらった上、私たち4人家族に合わせたプランを提案してもらえたので、希望通りの仕様の家が建てられそうです」(Bさん)

Bさんが建築を予定している一戸建ての完成予想イメージ。外壁はインパクトのあるブルーで、内装は白とベージュを基調とした明るいトーンにまとめている(画像提供/Minoru)

Bさんが建築を予定している一戸建ての完成予想イメージ。外壁はインパクトのあるブルーで、内装は白とベージュを基調とした明るいトーンにまとめている(画像提供/Minoru)

予定している家賃は11万円で、現在の家賃14万円よりも月々の支払いは減少する見込み。入居期間は20年としてあるので、入居後20年経ったときに所有権が移転することになる。所有権移転後は、固定資産税や都市計画税などの税金や修繕費などの維持費は自分で負担することになる(修繕費は入居後16年目から自己負担が発生)。

「大家さんが決まらないので、いつ家が完成して入居できるのかがまだ分からない点が不安ではありますが、住宅ローンを借りなくても良いことや、固定資産税・火災保険料などがかからない点がお得だと思います」(Bさん)

”大家さん”、つまり貸し手である賃貸人は、Minoruの取引相手である不動産投資経験者のオーナーだ。入居者が決めた土地・プランに対して、投資する価値があると判断した投資家が、資金を投資して”大家”となる。人口減少時代に危機感を持つ不動産投資家にとって、今後、どれだけ賃料が低下して、空室リスクが高まるのかが不透明な状況は不安なもの。”家賃が実る家”のように、住み続けることを前提とすることで賃料低下のリスクがなく、原則として空室も生じないシステムは、不動産投資家から、不動産投資の一策として評価されているのだという。

なお、賃貸人が破産して賃貸を続けられなくなった場合は、破産管財人からの任意売却を活用して、次のオーナーへの売却を進め、権利関係の承継を行うとのことだ。

Bさんが建築を予定している一戸建ての間取図。1階に20.4畳のLDK、2階に7畳の洋室を3室確保。主寝室にはウオークインクローゼットも備えている(画像提供/Minoru)

Bさんが建築を予定している一戸建ての間取図。1階に20.4畳のLDK、2階に7畳の洋室を3室確保。主寝室にはウオークインクローゼットも備えている(画像提供/Minoru)

入居希望者の約7割は30~40代のファミリー

対して、賃借人、つまりこのシステムでマイホームを手に入れようとしている入居希望者は、9割以上が家庭を持つ世帯。年齢層で言うと、45~49歳が最多で24.0%。40~44歳が17.5%で続き、40代だけで4割強を占めている。次いで、35~39歳が13.9%、30~34歳が13.4%と、30~40代が全体の7割弱。世帯年収では、200万~400万円が33.4%と全体の約3分の1で最多であり、400万~600万円の19.7%と合わせて半数以上が世帯年収200万~600万円の層に集中している。

「通常、賃貸物件では、間取りや内装を自分で選んだり、賃料を設定することができませんが、”家賃が実る家”なら、スマートフォンで新築一戸建てのプランニングが可能。自分の収入に応じて賃貸期間と賃料を選択することができます。勤務先に家賃補助や住宅手当などの制度がある場合、持ち家や実家住まいでは補助が受けられないことが多いのですが、”家賃が実る家”ならこうした補助も受けられるので、そうした点も入居を希望する動機のひとつとなっているようです」(森さん)

不動産業界にとっても、このシステムは画期的だったようだ。全国宅地建物取引業協会連合会の不動産総合研究所が年1回発行する「Renovation2019」という研究報告書で「新しい不動産業」として取り上げられたのをはじめとして、不動産業界誌など80以上のメディアで紹介されたという。賃貸と分譲のいいとこ取りをしたこの仕組みに、業界全体が注目しているのだろう。

地方自治体との官民連携事業も始まっている。宮城県大郷町では、指定の農業法人に勤めることでマイホームが手に入るという、「職」と「住」を同時に提供する職住一体型移住定住促進事業が、同社との提携で実現しているのだ。地方が抱える問題解決という目的のもと、同社の取り組みが周囲を巻き込みながら広がりつつあることを示す一例といえそうだ。

月々支払う家賃がそのまま住宅の代金になるという、一見、夢のようなシステムだが、人口減少時代を背景に、不動産投資家のニーズや社会の課題解決なども包括する現実的なビジネスモデルであることが分かった。入居者と大家の両者がWin-Winの関係でないと成立しないこのシステム。賃料の設定方法などがまさにこのビジネスモデルの肝になるのだろう。この「新しい不動産業」が、人口減少時代の課題解決に寄与するかどうか。今後の展開を注視したい。

●参考
家賃が実る家
引用元: suumo.jp/journal