これまで、豪華な別荘が持てる富裕層や、時間に余裕があるリタイヤ組が楽しむものだというイメージがあったデュアルライフ(二拠点生活)。最近は、空き家やシェアハウスなどのサービスをうまく活用することで、若い世代もデュアルライフを楽しみ始めているようです。SUUMOでは二つ目の拠点で見つけた暮らしや、新しい価値観を楽しむ人たちを「デュアラー(二拠点生活者)」と名付け、その暮らしをシリーズで紹介していきます。
皆が買わない物件こそ、チャンス
恵比寿でアパレルの営業職として働く福島さんは、妻の美佳さん(47)、長男の凛音(りお)くん(11)、次男の塔七(とな)くん(7)との4人家族。普段は三軒茶屋駅から徒歩10分、約50平米の賃貸住宅に住み、金曜の夜から日曜の昼までいすみ市で過ごしています。
奈良県出身の福島さんは、地元では「吉野川」の名称で親しまれる豊かな水脈の紀の川の近くで育ち、川遊びを楽しむような高校時代を過ごしました。「就職で上京して、東京は水や自然がきれいではないことがとてもショックでした。水をきれいにするような活動や文化に貢献できたらという思いを抱きながら、きれいな川の近くに住みたくて10年以上ずっと物件を探していたんです」
どこの川がいいかを悩みながら、結婚後の2011年に現在住んでいる物件とは別の、三軒茶屋駅から徒歩5分約50平米のマンションを1980万円で購入。高額すぎるローンは避け、納得のいく物件が見つかるまで約2年探しましたが、一生の住まいにするつもりではなく、東京五輪の開催時期をめどに売却することを見越していたそうです。
福島さんがいすみ市の家と出合ったのは、2017年の夏。きっかけは、物件を探していることを知っていた先輩が見かけた立て看板でした。350坪の敷地に、取り壊すことが前提の昭和47年築の家屋つきで700万円という案内で、インターネット上にも載っていない情報だったそう。「都心から通うことが可能な約1時間半の地域というこだわりはありましたが、決め手は、物件の安さと自然に豊かな環境がそろっていたからでしたね」
家屋は雨漏りがしていて壁もカビで黒ずみ、一見してボロボロ。「でも梁もしっかりしていて、まだ使える。不動産屋さんも解体するのはもったいないと思っていたので、壊さなくていいから土地代を安くしてほしいと交渉できました」。何度か交渉を重ねて500万円まで値下げされて、2018年1月に購入。「三軒茶屋のマンションを買ったときもそうだったのですが、ちょっとしたことでみんなが買うのをやめちゃう物件こそチャンスというか。壁は確かにカビが生えていたけど、表面が劣化しているだけ。直せばいいんです」
いすみ市に滞在する週末は、ほとんどの時間を家のリノベーションをしながら過ごしています。雨漏りのため家の中にテントを張り、トタンを置いて雨をしのぐことから始め、排泄物をたい肥に加工できるコンポストトイレを設置し、4畳半の居間が完成。快適に住めるようになったことで「テント生活のときは朝の4時や5時には作業を始めていたのに、むしろ起きなくなってしまいました(笑)」
物がないからこそ、子どもの想像力を育める
元々、棚づくりなどのDIY経験はありましたが、ここまで大がかりなリノベーションは初めて。それでも、近隣に住む二拠点経験のある先輩や近隣住民のアドバイスを受けながら取り組むうち、その楽しさが増していったそう。「都内だと騒音なども気にしないといけないけど、ここは広いから大胆にいろいろできる。自分で自分のものをつくるのが面白くて」。月に1、2度一緒に来る子どもたちも、既製品がないなかから自分で遊びを見出す喜びや成長を見せています。この日一緒に来ていた塔七くんは、福島さんが作業する横で自分も角材にカンナをかけ、お手製の木刀をつくって遊んでいました。
暗くなる前に作業を済ませるための段取りを考える必要性は、物にあふれる都会の子どもではできない体験です。「今後の社会で求められるのは、想像力が豊かな人材になるはず。良い影響を与えられているのではと思っています」。また、福島さん自身も、子どもとの向き合い方で発見があったそう。それは、三軒茶屋ではたくさん子どもを叱ってしまうのに、いすみ市では叱ることがほとんどないこと。「子どもの将来のために叱っているのではなく、周囲や世間とのトラブル回避のためにしているんだなと。でもいすみ市では隣近所との距離も離れているし、広い敷地で走り回れるので、叱る内容が少ないんです」。叱るときは、危険なときだけ。そして、計画的に段取りし時間をコントロールすることは、福島さん自身も上達したそう。
居間が完成したことで、二拠点生活やリノベーション自体に興味をもつ友人が遊びにくることも増えました。リノベーションを本格的に始めた当初は1年半での完成を目指していましたが、彼らと一緒に作業をするうち、最短での完成を目指すのはなく、都会ではできないダイナミックな楽しみをみんなでゆっくりと堪能する方向にシフト。凛音くんと塔七くんも、立派な戦力です。いっぱい働いてくれるので、時給200円の“バイト”制にしたところ、日給1000円を稼ぐことも。
二拠点目の購入資金は、マンションの売却益750万円から出し、引越し代などを引いた余剰の200万円弱をリノベーション予算や交通費に充てています。しかしいすみ市での、コミュニティーで物をやりとりしたり、リノベーションに廃材を活用したりするうち、今までは物を消費しすぎていたと実感したそう。「この価値観の変化はとても大きかったです」。それは、水へのこだわりにも通じています。「コンビニでの買い物とか、都会では不可避な消費活動が、水を汚してしまうことにもつながると感じています。こうやって半分自給自足のような生活への共感が広がればいい」
二拠点を選んだのではなく、自然に二拠点になった
きれいな川のそばに住むことは福島さんの念願ですが、いすみ市への完全移住までは、まだ決めてはいません。妻の美佳さんは二拠点生活に協力的ですが「子どもにも奥さんにも、東京でそれぞれのコミュニティーがある。一気に移ってしまうと、リスクもあります」。それよりは、福島さんが子どもだけを連れていすみ市に来ている間、普段はPTA活動などで多忙な美佳さんがリラックスできる時間を確保できる、現在のスタンスのほうが自然なのだそう。
訪れる友人だけでなく、近隣に住む住人との交流も増えています。近所の伊東研二さん(34)とは、共通の趣味があることから親しくなりました。
そうした温かい人間関係やゆったりした生活は、多くの人の郷愁を誘うものです。ただ、田舎へのふんわりした憧れだけで移住を考えることは、心配もあるといいます。リノベーション中とはいえ、建物には隙間風が吹き込むこともあれば、都会では見かけない虫に悩まされることも。「いきなり移住して乗り越えられないことは怖いし、そういうお試しの意味でも、二拠点から始めるのはいいかもしれませんね」
デュアルライフは、将来、実現したいライフスタイルを明確にしていくステップとして、さまざまな機会や気づきを与えてくれるようです。