人口6割減・貧困で治安悪化の街、ラストベルトからよみがえりのカギは市街地…

人口6割減・貧困で治安悪化の街、ラストベルトからよみがえりのカギは市街地3分の1の空き家! 農園などに活用する驚きのまちづくりとは? アメリカ・フリント市

(写真提供/矢吹剣一さん)

地方へ帰省した時や旅先で、「空き家が増えたな……」と思うことはありませんか。人口が減り始めた日本では、空き家や集落をどのようにしていくか、難しい課題が浮き彫りになっています。今回はそんな空き家対策として参考になりそうな、米国のミシガン州郊外フリント市の「グリーンイノベーション地区」の計画について取材しました。

市街地の1/3が空き家に! 治安も悪化、貧困層が取り残された街

今回、お話を伺ったのは横浜国立大学で人口減少と都市の規模の適性化を目指すまちづくりを研究している矢吹剣一准教授。矢吹先生が事例として注目しているのは、米国のミシガン州郊外にあるフリント市の「グリーンイノベーション地区」の計画です。

アメリカ・フリント市(写真提供/矢吹剣一さん)

アメリカ・フリント市(写真提供/矢吹剣一さん)

そもそもフリント市は自動車メーカー・ゼネラル・モーターズ(GM)創業の地で、最盛期の1960年代~70年代には約20万人が暮らし、「全米でもっとも豊かな都市の1つ」とまでいわれた街でした。ただその後、工場の移転と閉鎖にともない人口は激減、2022年には約8万人と半分以下にまで落ち込んでいます。

横浜国立大学 大学院都市イノベーション研究院 准教授・矢吹剣一さん(写真提供/矢吹剣一さん)

横浜国立大学 大学院都市イノベーション研究院 准教授・矢吹剣一さん(写真提供/矢吹剣一さん)

産業の勃興と衰退によって人口の増加・減少が起きたのは、石炭や造船業が盛んだった都市と同様といってよいでしょう。ただ、米国と日本では土地に関する価値観が異なります。

「米国は日本と異なり、土地への執着が低いため、仕事のあるところに引越し・移住をするのが当たり前です。そのため、家賃や税金を滞納したままの状態で、ある日突然、住人がいなくなるということが頻発するんです。当然、残されたのは、税滞納状態となった空き家や空き地、あるいは移住する費用が払えない貧困層という状態になります」

貧しく、行き場のない人だけが取り残されたほか、人種ごとによる居住地域の違いなども問題を複雑化させています。さらに追い打ちをかけたのが、サブプライムローン問題に端を発した2007年の住宅バブルの崩壊です。フリント市内の住宅でも差し押さえが相次いだこともあり、市内の総不動産のうちなんと1/3が遊休地化し、空き地・空き家(しかも荒廃している)だらけだったとか。さすが米国、空き家・空き地問題のスケールもケタ違いです。

ランドバンクを介して土地を利活用。農園が健康や治安の改善にも役立つ

税金などを滞納して差し押さえられた不動産は、行政などに差し押さえられたのち、公的な性格をもつ「ランドバンク」が権利を保有し、再生・利活用の道を探ることになります。

「フリントが位置するジェネシー郡は、2002年に公的なランドバンクを設立しています。差し押さえた空き家は解体されるだけでなく、適切にリフォームして販売や賃貸されたり、土地だけで貸したり、管理、活用の方法を模索します。なかでも注目は、『サイドロットプログラム』。その名前の通り、side-lot(隣地)、つまり、隣の人に低額で貸したり、売却したりというもの。困ったときに頼りになるのは隣の人ということで、隣地を低額で売却または賃貸してもらい、管理してもらうという取り組みです」(矢吹先生)

隣地が管理されておらず、荒れていると困るのはまさに隣の家の住人ですし、日本でも昔から「隣の土地は借金してでも買え」と言われてきたほど。とても合理的な取り組みといえるでしょう。広くなったスペースは庭や子どもの遊び場として活用しているようです。とはいえ1区画は450~500平米超もあり、隣の区画と合わせれば900~1000平米、3区画合わせれば1500平米にもなります。テニスコート(ダブルス)の広さが約261平米なので約6面、こうなってくると家の敷地というより畑ですね……。

「ランドバンクは、土地を隣家に貸す以外にも、地元の住民団体やNPOなどに貸し出して、農園やコミュニティガーデンとしても活用しています。カギになるのは、教会や地域コミュニティ。米国の教会も、日本の寺院でいう檀家さん、つまり信徒さんがいないと成り立たないんですね。ですから、牧師と信徒のみなさん、NPO、地元の学生さんなどがともにコミュニティガーデンで野菜を育て、近隣住民で分け合うという取り組みをしているんです。フリント市や近隣のデトロイト市は全米平均よりも貧困率が高く、日頃の生活にも困っている方も多いのですが、こうした住民の栄養状態を改善し、健康促進をする、という意味でも農園(都市農業)は役立っています」(矢吹先生)

放置された空き家は、行政やランドバンクによってチェックされる。状態によって4段階にわけられ、撤去解体、リノベ、リフォーム、賃貸など、再生の方法が模索される(写真提供/矢吹剣一さん)

放置された空き家は、行政やランドバンクによってチェックされる。状態によって4段階にわけられ、撤去解体、リノベ、リフォーム、賃貸など、再生の方法が模索される(写真提供/矢吹剣一さん)

コミュニティガーデン、農園では、住民たちが一緒になって草刈りや緑の管理、畑作をすることで、治安維持、景観の向上、住民の栄養やメンタルヘルスの改善などに役立つこともわかっているそう。行政としても草刈りなどの空き地を管理するコストが低減でき、住民、行政、双方にメリットのある仕組みです。

「コミュニティガーデンでは野菜を提供するだけでなく、農業に必要な資材を貸し出したり、苗を売ったり配ったりしています。米国でも日本の地域おこし協力隊のような地域に貢献したいと活動する若者がいるのですが、彼らが農業を手伝っていることもあります。教会の牧師さんもまちづくりや都市計画について関心が高く、教会の一角にまちづくりに関する展示パネルもあるほどです」

教会(写真提供/矢吹剣一さん)

教会(写真提供/矢吹剣一さん)

コミュニティガーデンで活動する人たち。緑を手入れすることで、住民の栄養やメンタルヘルスの改善、治安維持できることがわかっている(写真提供/矢吹剣一さん)

コミュニティガーデンで活動する人たち。緑を手入れすることで、住民の栄養やメンタルヘルスの改善、治安維持できることがわかっている(写真提供/矢吹剣一さん)

教会の一角にあるまちづくりに関する展示パネル(写真提供/矢吹剣一さん)

教会の一角にあるまちづくりに関する展示パネル(写真提供/矢吹剣一さん)

重要なのは覚悟と都市計画。住民参加で「合意形成」もなされる

とはいえ、ランドバンクは万能ではありません。フリント市全域で約2万2000区画ある空地に対して、何区画かずつの規模で活用したところで、全体の問題解決にならないからです。問題の本質は、都市がどうあるべきなのか、その設計図である、「都市計画」が機能していること。ここが機能していないと、本質的な人口減への対応は難しいといいます。

「滞納された不動産の個別の利活用をはかったところで、ランドバンクは黒字化はおろか、人件費も出せるかどうかというのが現実です。フリント市は財政難も続いています。そのため、2013年に『マスタープラン』、日本でいうところの総合計画と都市計画マスタープランを合わせたような計画を作成し、この時にはじめて人口減・低密度化をふまえた都市計画を立案しました」(矢吹先生)
これは日米共通のようですが、ふるさとの人口減少に対し、回復することは難しいと認め、受け入れるのは非常に覚悟のいること。希望的観測、こうあってほしいという願望、政治的な意向で「玉虫色の決着」になりがちですが、人口が半分以下と、どん底までいったフリント市はついに覚悟を決めたのです。

「この覚悟を決めた2013年の都市計画では、空き地をコミュニティガーデンなどにしていき緑豊かな住宅地を目指す『グリーン・ネイバーフッド』、できるだけ新たな人が来ることを想定せず、1つ1つの土地そのものを広くする『グリーン・イノベーション』という2種類の地区を設定しました。特に空洞化のひどかった地区は『グリーン・イノベーション』として、できる限り人の流入を抑えて、とにかく土地を合筆、集約化していき、将来の不確実性に備えるとしています。結果的に人の流入は制限出来ませんでしたが、それぞれが使用する1区画あたりの面積を大きくして、なるべく大きな面積を管理してもらう仕組みをつくることができました」

グリーン・イノベーション地区の様子(写真提供/矢吹剣一さん)

グリーン・イノベーション地区の様子(写真提供/矢吹剣一さん)

ポケットパーク(写真提供/矢吹剣一さん)

ポケットパーク(写真提供/矢吹剣一さん)

人口が増え続けている米国では都市「縮小」、「撤退」という概念にまだ拒否感があります。そのため、居住エリアを「縮小」するのではなく「低密度」な状態でも維持することを目指し、同時にさまざまな社会状況に対応できるよう「不確実性に対応する可変性の高さ」というコンセプトを打ち出したのです。
「グリーン・イノベーション地区」はまず、空き地を緑地やコミュニティガーデンとして活用しようと謳います。そして、将来に備えて空いた土地を徐々に合筆集約しておく、そうすれば大規模工場の誘致、農園の誘致など起死回生的なチャンスへの対応も可能で、不確実な情勢に対応しやすいというわけです。いわば「二段構えの施策」といえるでしょう。

赤いエリアが町の中心市街地。周囲の住宅地には、空き家・空き地が多い地区が点在していました。これら(上図・緑部分)を「グリーンイノベーション地区」と名付けました(画像提供/矢吹剣一さん)

赤いエリアが町の中心市街地。周囲の住宅地には、空き家・空き地が多い地区が点在していました。これら(上図・緑部分)を「グリーンイノベーション地区」と名付けました(画像提供/矢吹剣一さん)

もちろん、自分が住む地域が「グリーン・イノベーション地区」になることに難色を示した住民もいました。それはそうですよね、「あなたが住む場所はもう新しい人は来ず、将来は広大な緑地です!」と言われたら、住民が反発するのは必至です。ただ、住民も実際にワークショップに参加していくと、都市計画やまちづくりの必要性としてなによりフリントがおかれた深刻な現状を理解し、納得していくのだとか。
「地価の低さもありますが、自分たちの目で空き家調査をしたこと、自分たちの意見や議論でグリーン・イノベーション地区のエリアを決めたこと、細かい規制内容も住民意見を反映したことが、合意形成の上で非常に大きかったと言えます」

日本は戦後の住宅難もあり、都市でも農村部でも、とにかく土地の分筆が続けられてきました。いわば現在のフリントの真逆状態です。ゆえに所有権者と利害関係者が増えすぎてしまい、合意形成や、現在および将来の全体最適な土地の利活用を難しくしていますが、その意味でもとても示唆に富んでいるように思います。

また、日本の都市計画制度は米国ほど効力をもっていません。例えば、水道・電気などのインフラ保守管理を効率化するために居住地域を厳しく制限する、自治体ごとに用途地域をカスタマイズして望ましい将来像へ都市空間を誘導するなどの制限はできていない状態です。

「米国でも都市部の『縮小』という現実に向き合うのは非常に困難でした。でも、人口が減るという現実を受け入れ、覚悟を決めたところから再生がはじまっているんです。日本でも同様に、厳しい現実に向き合わないといけない。まずはそこからではないでしょうか」(矢吹先生)

もちろん国の成り立ちや価値観が違うので、すべてを真似する必要はありませんが、公的な性格をもつランドバンク、住民参加型のコミュニティ、強力な都市計画、行政の覚悟……など、岐路に立つ日本も見習うべき点は多いのではないでしょうか。

Center for Community Progressによる動画
「How to Use Property Condition Data for Vacant Land Stewardship(空き地管理のための不動産状況データの使用方法)」

●取材協力
横浜国立大学 大学院都市イノベーション研究院 准教授
矢吹剣一さん

専門は都市計画・都市デザイン・まちづくり。主に人口減少時代における土地利用政策(マスタープラン/ゾーニング)、空き家・空き地の政策(利活用および管理・除却)、共創まちづくり(住民参加による計画策定技法/公・民・学連携のまちづくり)に関して研究・実践を行っている。
福島県いわき市生まれ。筑波大学第三学群社会工学類(都市計画主専攻)卒業。東京大学大学院都市工学専攻修士課程修了。株式会社久米設計勤務後、東京大学大学院都市工学専攻博士課程修了。博士(工学)、一級建築士。東京大学特任研究員・アーバンデザインセンター坂井チーフディレクター、神戸芸術工科大学助教、東京大学先端科学技術研究センター特任助教を経て、2022年10月より現職。
引用元: suumo.jp/journal