避難指示が一部解除され「新生・浪江町」が動き出した
福島県浜通りに位置する浪江町は、2011年の東日本大震災で甚大な被害を受けた上、福島第一原子力発電所事故によって町全域が避難指示区域になり、全町民が避難を余儀なくされました。その後、除染工事や生活に必要なインフラの復旧を進め「夢と希望があふれ住んでいたいまち、住んでみたいまち」を理念に復興計画を一歩一歩進めてきました。
2017年3月31日、約6年ぶりに避難指示区域の一部が解除され、教育施設の開校、店舗・施設の開業など、生活環境が徐々に整ってきました。
そして、2022年度から、「浪江駅周辺グランドデザイン基本計画」が進行しています。浪江駅を中心に、国立競技場の設計に携わった建築家・隈研吾さんの設計による未来的なデザインにより交流・商業・住宅機能をコンパクトに集約し、再生可能なエネルギーを活用した環境に配慮したまちづくりが行われる予定です。
けれども浪江町の人口を見ると、震災時が2万1542人(7,671世帯)、2023年8月末日時点で1万5,312人(世帯数6,679人)。避難指示区域一部解除後の居住人口は、2019年4月が193人、2023年8月時点には2,106人(居住世帯1,314世帯)で、Uターンや新規の移住者で多少回復していますが、震災前の10分の1にしか届いておりません。(居住人口と震災前の居住人口については、データがありません)
浪江町が目標としている居住人口は、2035年までに約8,000人。「福島県12市町村移住支援金」をはじめ、福島県外から浪江町に移住し就業または起業した場合など、複数の支援制度が用意されています。
スマートシティを目指すと同時に産業団地に企業を誘致
人口を増やすためには魅力的な仕事や雇用をつくることがカギになります。浪江町役場産業振興課の児山善文(こやま・よしふみ)さんは製鉄系プラントメーカー、JFEエンジニアリングからの出向で東京から浪江町役場へ赴任。「定年間近になり、これからの時間を大企業組織の一員として働くより、父祖の地(南会津郡下郷町)である福島県の復興に役立ちたい、未曾有の原子力災害という日本の代表的な社会問題解決の最前線でサラリーマン生活を終えたい」と、浪江町から請われたのをきっかけに自ら希望したとのこと。このように社員個人の意思を尊重して仕事を柔軟に選ばせてもらえる会社の自由な風土にも感謝しているそうです。
産業振興課には、再生可能エネルギーを推進する係、産業団地を整備し企業誘致して産業の振興と雇用創出を図る係、地場産業による商工・観光事業などを計画する係の3本の柱があります。
「再生可能エネルギーについては、国が推奨する『2050年までに二酸化炭素排出を実質ゼロにする』という「ゼロカーボンシティ」を宣言し、再生可能なエネルギーのまちづくりに取り組んでいます。さらに持続可能なまちづくりを行うために、自治体や地元企業などと協力しながら地域エネルギー会社を立ち上げる目標があります。
浪江町産業団地は『浪江町藤橋産業団地』『浪江町北産業団地』『浪江町棚塩産業団地』『浪江町南産業団地』の4つの団地があり、既に15社が契約し、10社が稼働し、現在建物建築中の企業もあり、募集中の敷地もあります。さらに、2年後に竣工する予定の14.5ヘクタールの『棚塩RE100産業団地』があり、地域エネルギー会社と受電契約を結んでいただくなど再生エネルギーを100%使っていただける会社を誘致するという大きな目標を掲げて取り組んでいるところです」(児山さん)
『浪江町藤橋産業団地』は、AIの技術開発に取り組む企業や、EVの蓄電池のリユース・リサイクルの普及を目指す企業など4社が稼働。『浪江町棚塩産業団地』にも、再エネルギーをキーワードとする企業、ロボットのテストにおいて世界に類を見ない施設などが稼働しています。
以降で紹介する『浪江町北産業団地』のバイオマスレジン福島、『浪江町南産業団地』の會澤高圧コンクリート、『浪江町棚塩産業団地』にある福島高度集成材製造センター(FLAM)も含めて、持続可能な社会を創る研究や技術開発を世界に先駆けて行っている企業が続々と集まっているのが特徴です。
「もともと住んでいた方はご家族でUターン、Iターンは単身の方が多いです。未来的な取り組みをしている企業が稼働し始めて、国が設立する研究機関『福島国際研究教育機構(F-REI(エフレイ)』の立地も決まり、これから研究者の方々が100人単位で集まってくることになります。人が増えるから施設が増えるのか、まちがにぎわって人が増えるのか、鶏と卵どちらが先かという議論もありますが、人口も施設も増えてにぎわうまちにしていきたいですし、ずっと住みたいと思っていただけるようなまちづくりを同時に進めていかなければならないと思います」と児山さんは話します。
環境にやさしいライスレジンで地域を支援する「バイオマスレジン」
福島県の相馬ガスグループとバイオマスレジングループが合弁で2021年7月に設立し、『浪江町北産業団地』で2022年よりライスレジンの製造をスタートしたバイオマスレジン福島の田上茂工場長に話を聞きました。
「ライスレジンとはお米由来のバイオマスプラスチックで、砕けたお米や粒の小さいお米など廃棄されるお米でつくったバイオマスプラスチックです。
弊社のライスレジンは石油系のプラスチックに国産のお米を50%または70%混ぜて、樹脂をつくっています。二酸化炭素を吸って酸素を吐く植物からつくっていますので、カーボンニュートラルの意味から言うと50%以上石油系プラスチックの含有量を減らしており、ごみ焼却などで排出される二酸化炭素を50%以上削減できる形になっています。
また、弊社のグループ会社が浪江地区の休耕田を活用して稲作を行い、農地や農業に従事する人を増やすことにも取り組んでいます。現状、ライスレジンを活用してお箸やストロー、弁当箱など約800アイテムほどを製造する原料として提供しています」
田上工場長も、農家に行って稲作のお手伝いをすることもあるそうです。
「私は茨城県筑西市より単身で来ています。地元に帰ったら被災地や原発事故の現実、地元の方のご苦労など、実際に暮らして見て感じたこと、ここで学んだことを発信していかなければと思っています」
一方、移住した従業員もいます。石田久留美さん(30代)は、「バイオマスエネルギーや再生可能資源などに非常に興味があり、転職の際に環境問題の改善に携われる仕事に就きたいという思いで転職先を探していました。偶然、福島県内にお米を使ったバイオマスレジンをつくる会社を知り、会社の経営理念などを調べたところ、私が抱えている思いと重なる部分が多く、転職を希望しました。子どもの頃から稲作のお手伝いをするなど田んぼが身近な存在で、休耕田が増えているのを見て淋しさも感じていたことも、ライスレジンに共感する大きな理由でした」と話します。
須賀川出身で、会社の面接を受けるとき初めて浪江町に足を運んだ石田さん。実家から車で片道2時間かかる浪江町で一人暮らしをしながら働くことにお母さんは心配したそうですが、強い意思がありました。
「新しく近代的で建物のデザインも含めてこの工場が大好き。入った瞬間食品工場のようないい香りがして癒やされますし、私は前職で有機溶剤使用していたため、防毒マスクを使用する環境にいましたが、今ではマスク無しで深呼吸しても身体に害がない環境で働けるのがうれしいです。人がしっかり関わって機械を動かしてモノづくりをしている工場だと感じます」
石田さんは会社から程近い浪江町にある社宅(マンション)住まい。「住居費は会社の補助がありますし、休憩時間に洗濯物を取り込みに家に帰れますし、すごくいい場所に暮らしていると思います。朝晩見る請戸川の景色にも癒やされています」
CO2の削減や石油資源の抑制に貢献する環境にやさしい新素材を製造しながら、フードロスの削減、農業や地域活性化も支援しているバイオマスレジン福島。「経験者や知識のある方はもとより、長い目で見て若い人が浪江町に来て、弊社のような会社で環境に配慮したプラスチックをつくっていることを誇りに思い働いてくれたらうれしい。始まったばかりの会社ですが、30年後、50年後に、会社が成長して『この会社の歴史の1ページを描いたのが私たちだ』と言えることはやはり魅力だと思います」と結んでくれました。
浪江町とイノベーションの共創に取り組む「會澤高圧コンクリート」
次に紹介する『會澤高圧コンクリート株式会社』(本社苫小牧市、社長:會澤祥弘)は国内に20の事業所、13の工場、海外6拠点を展開。浪江町の『南産業団地』に広大な研究開発型生産拠点『福島RDMセンター』を建設し、2023年6月30日にグランドオープンしました。
RDMとは、研究(Research)・開発(Development)・生産(Manufacturing)の3つの機能の略。「同一敷地内に生産棟と研究・開発棟が併存し、試験製造などの成果や課題を研究開発にすぐにフィードバックできるのが同社の特徴です。
「弊社は、コンクリートマテリアルと先端テクノロジーを掛け算して新たな企業価値の創造に取り組む総合コンクリートメーカーです。」と話すのは、デジタル経営本部の佐藤一彦さん。
同社はコンクリートマテリアルの基礎研究に力を入れるとともに、MITやデルフト工科大学など欧米トップ理系大学との産学協力を幅広く展開、バクテリアの代謝機能を使った自己治癒コンクリートを世界で初めて実用量産化するなど、脱炭素スマートマテリアル分野、コンクリート3Dプリンター分野、水素における再生エネルギー分野、デジタルPC建築分野、防災支援インフラメンテ分野、スマート農業陸上養殖分野など6つの研究開発領域をカバーしています。
「コンクリート業界はCO2を多く排出する環境負荷の高い業界ですが、弊社は『脱炭素第一』を経営方針に掲げ、2035年までにサプライチェーンの温室効果ガス排出量を実質ゼロにする『NET ZERO 2035』をコミットメントしました」(佐藤さん)
同社はさらに、浪江町と防災支援協定を結び、同社が開発した1000ccハイブリッドガソリンエンジンを積んだドローンは、大きな地震や台風が来たときに格納庫から自動的に飛び立ち、気象衛星とリンクしながら海岸線や河川の映像をリアルタイムに住民のスマホに提供、命を守る統合システムとしての実装に取り組んでいます。
同社で働く約40名のうち、ほぼ半数が浪江町を含む福島県の相双地域に住む方だそうです。また、グループ全体では複数の女性役員や在宅勤務で育児と両立している女性社員も多く、SDGs への取り組み、SNS向上委員会など女性を中心としたプロジェクトも盛んに行われているとのこと。
女性社員の一人、後藤華蓮さん(22歳)は相双地域の大熊町出身、専門学校で3DCG(コンピューターグラフィックス)を学び、浪江町の新社屋がオープンするときに入社しました。
「地元の大熊町は浪江町と同じく震災後に避難対象区域になりましたが、2022年に一部避難指示が解除されて家族で地元に戻ることができました。そんなときに、會澤高圧コンクリートの求人を見て、被災地の復興に携われたらと思い就職を希望しました。
総務部で工場の出荷製品の管理などを担当しています。初めてのことばかりで大変ですが、明るく雰囲気がいい会社で仕事がしやすいです。浪江町は私が小さいころに見てきた景色とはまた違ってしまいましたが、これからどんどんまちも発展していくと思いますし、自己治癒コンクリートなど、他社ではやっていないと自慢できるような商品をつくる、将来に向けて発展していく会社で長く働いていきたいです」と後藤さん。
「浪江町の産業団地で事業を始めた企業は、それぞれに町の復興や脱炭素社会の実現に向けて高い志をお持ちです。浪江町は先進的な技術を持つ企業と建設が決定している福島国際研究教育機構(F-REI)とともに世界に名だたる研究都市になっていくと思います。福島RDMセンターは福島イノベーション構想や地域の構想を具現化する場所です。特に若い世代が共創を通じて刺激を受け、知見を深めていただけたらと思います」と佐藤一彦さんは話しています。
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大断面集成材を生産する国内最大級の工場を運営する「ウッドコア」
次に紹介するのは、『棚塩産業団地』に2021年10月に完成した「福島高度集成材製造センター(FLAM=エフラム事業)」は福島イノベーション・コースト構想に基づく農林水産プロジェクトで、浪江町が建設し、民間企業のウッドコアが管理・運営しています。
工場長の高増幹弥さんはこう話します。
「弊社は、大断面集成材という、住宅などより大きい中・大規模木造建築物をつくる部材を丸太から製材して集成材を生産しています。国内には、柱や梁などの大きな部材を供給する製造拠点が少なく、全国でも珍しい業種です。浪江町に工場を建設したのは、木材資源が豊富な福島県に製造拠点をつくることが復興につながり、イノベーション・コースト構想とも合致したからです」
高増さんは、以前の会社で大規模な木造建築物の現場監督をしていましたが、ウッドコアの取り組みを知り、やりがいがある仕事に就きたいと転職し、単身赴任で来ています。
木造施設向けで原木の加工から最終製品加工まで一貫生産できる「福島高度集成材製造センター(FLAM)」は、敷地9.4ヘクタール、東京ドーム2個分で国内最大級規模の集成材の工場です。
大断面集成材は、屋内運動施設や教育施設、道の駅などに使用され、2025年に大阪で開催される日本国際博覧会(大阪・関西万博)の会場の中心をぐるりと取り囲む大屋根(リング)に「福島高度集成材製造センター(FLAM)」で製造した大断面木造集成材が使われる予定もあり、全国の大型木造建築を手掛ける大手建築会社などが工場見学に訪れています。
「多くの建築会社さんや設計事務所さんからいろいろなビッグプロジェクトになるような物件の相談や打ち合わせ、部材を発注していただくなど、遠くから足を運んでいただいています。弊社工場だけではなく他の施設も、浪江町の可能性なども含めて注目されていると感じます。そして弊社は浪江町から委託を受けて管理・運営している形になり、町とも良好な協力関係を築いています」と話す高増さん。自然豊かな環境で、天気の良い休日は趣味のバイクで県内各地へツーリングに出掛けてリフレッシュしているそうです。
現在「福島高度集成材製造センター(FLAM=エフラム事業)」で働いているのは約50名、相双地域を中心に福島県内出身者がほとんどです。
「県外から浪江町(などの避難指示対象地域)に移住すると移住支援金や住宅補助など、いろいろな支援制度があることをホームページで知って、思いきって移住しようと思いました」と話すのは、光谷貴一さん。ホームページの動画でウッドコアを知り、「この仕事をしてみたい」と青森からIターンで浪江町の同社に転職しました。
「浪江町に来てまだ1カ月未満で全部を知るのはこれからですが、良い環境だと感じます。社宅は工場から車で約3分の所にあり、まだ新しく綺麗です。浪江町にはイオンや道の駅などもあり想像していたより施設が充実していました。車で10分も走れば南相馬市にホームセンターもあり、暮らしに不便は感じません。早く仕事を覚えて、会社の役に立ちたいと思います」と新天地での新しい生活を楽しみにしています。
「昔ながらの製材工場と違って、最新鋭の設備などを備えた近代的な工場です。何よりもこれから将来に向けて注目される建築物の部材をつくれる会社で働くのは非常にやりがいがあり、チャレンジしたい方にとって良い環境だと思います」と高増さんも話しています。
復興へ向けてインフラ設備を着実に整え、ゼロカーボンシティを宣言し、新たなまちづくりにチャレンジしている福島県浪江町。人を増やすには魅力的な産業、働く場所が必要と複数の産業団地を造成し、立地を希望する企業を募集したところ、復興への貢献、ゼロカーボン社会実現への意識が高い、将来性豊かな企業が集結しました。業界をリードする先端のテクノロジー、他にはない商品や研究を生み出す企業が町や企業同士で連携し、これから数年後、数十年後どう進化しているのか、楽しみな町です。