“一戸建てマイホーム”といえば、「2階建ての3LDK以上」といった既定路線があったが、70平米前後のコンパクトな平屋がじわじわ需要を伸ばしている。ミニマムな広さと価格で、自分らしい豊かな暮らしを実現できる「コンパクト平屋」の可能性とは?
Rinさんが平屋を選択した理由と6年ほど経ったいまの暮らしを聞いてみると、介護に携わってきたRinさんならではの賢い選択が見えてきた。
子育て時期は、通学・通勤に便利なマンション暮らしを選択
娘の高校進学をきっかけに、Rinさん夫妻が購入したのは駅に近い約80平米のマンションだった。結婚当初は賃貸暮らしだったが、娘の通学の便を考え住宅購入を検討することに。一戸建てかマンションか悩んだそうだが、共働きなので駅、銀行、スーパーなど商業施設、病院が徒歩圏内にあることが必須、そして、娘の個室も確保できる広さを求めるとなると、一戸建てはそもそも3人に便利な地元駅近くになく、「予算的にもマンションの選択肢しかありませんでした」
「夫の実家が一戸建てで、長男なので将来帰ることになりそうでしたし、そのとき売ることも考えると、当時はマンションがベストでした」(Rinさん)
やがて子どもが独立。整理整頓後の理想は「小さな住まい」に
10年ほど住んだころ、子どもが就職し独立した。
その間にRinさんは整理収納アドバイザーの資格を取得していて、「子ども部屋の片付けや使わないモノの整理整頓をしていくうちに、ムダなスペースが見えてきました」
使わないスペースにもホコリが溜まるし、冷暖房費もかかる。何より日常の家事動線がスムーズではなくストレスになる。
「10年住むと水回りなど設備交換がしたくなります。リフォームも検討しましたが結構な費用がかかることがわかったので、いっそのこと小さな家に住み替えたいと思いました」
夫の実家には義妹が同居することになったことも、住み替えへの追い風となった。
住み替え先としてマンションも候補になったが、当時住んでいたエリアのほとんどはファミリー用のマンションで、それまでの家よりコンパクトなマンションは探せなかったそう。
3駅ずらして郊外へ。土地と平屋を予算内で購入
小さなマンションが無理なら「ずっと夢だった平屋を建てたい」気持ちが高まったという。
「実は、生まれ育ったのが平屋でした。子どものときは階段のある2階建てを羨ましく思ったこともありましたが、振り返ると洗濯物干しや居室とリビングでの上下移動がなくて暮らしやすかったんです。マンションも便利ですが、平屋なら駐車スペースまで玄関から数歩の距離。買い物が重くてもオッケー。ゴミ出しも近いです。
マンション住まいは管理組合の規則に従うのがルールです。大規模修繕になったらバルコニーの植木鉢を運び入れたりしなければなりませんが、年をとったら自力では無理だと思っていました」
そして「階段がないと動線がラクで『平屋は過ごしやすかったよね』と実姉とよく話していたんです」とRinさんは振り返る。
「予算内だったら建てるのもいいよね」と夫も賛同した。
土地探しから始めたRinさんだったが、最初は本当に建てられるという自信はなく軽い気持ちだったそう。この後どのぐらい稼げるか、老後にいくら必要か、ある程度予測をつけられるのが50代。夢だったとはいえ、予算は限られる。
「でも、マンションを試しに査定してみたら、予想より1,000万円くらい高く売れそうだとわかってびっくり。なんとかなりそうだと思いました」
当時は夫妻とも通勤の必要があった。駅から歩けること、商業施設が豊富、といった生活利便性への条件は変わらなかったが、最寄り駅を2、3郊外にずらせば予算内で一戸建て用地を探せることがわかってきた。
「運よく50坪(約165平米)ほどの土地を見つけられて、購入することができました。自宅マンションもスムーズに売却できました」(Rinさん)
広さと豪華さはいらない。家事がラクな住まいを追及
家事がラクにできる住まいを熱望したRinさんが選んだのは、全国に展開し、平屋タイプも積極的に展開しているハウスメーカーだった。
「モデルルーム見学は楽しかったです! ですが、家事にムダのないシンプルな平屋が建てたい、という希望を理解してもらえるハウスメーカーさんは少なくて。『この広さならもっと広い家が建てられます』『坪あたり建築費もおトクになります』って各社さんが言うなかで、担当者が要望に沿ったプランを提案してくれたのが印象に残りました」
「介護士の経験から、室内で温度差が生まれにくい全館空調を推奨しているのも決め手でした。高血圧の夫のヒートショック現象が心配でしたし、寒がりな私にも魅力的なポイントでした」
老後が身近になる50代。何もかもめんどうになる前に最後の家づくり
早ければ40代後半から、多くの場合は50代になると、親の老いが身近になってくる。
元気だった両親も徐々に体力が衰える。気力が萎えてくる。片付けがおっくうになる。新しいことに手が出せない。そんな両親の変化が、やがて来る自分の未来と重なってくる。
さらに介護の仕事に携わるRinさんにとって、老後は現実世界だ。
「住み替えの決断をできて、引越しという大仕事をやり遂げられる50代が最後のチャンスになると思いました」と、夢だった平屋の建築に取り掛かった。
「年をとると書類1枚書くのも面倒になるんですよ。不動産購入契約、建築請負契約、住宅ローン締結……、ややこしい手続きや書類に立ち向かう気力が50代ならまだあります」
「子育て世代ための住まいには、老後には不向きなこともある。たとえば子どものオモチャやスポーツ道具をたくさん収納できる大きな納戸。奥から重いものを持ち運ぶなんてできなくなります。扇風機のような季節家電が入るくらいの奥行きがあれば十分。洋服も若いときほど多くなくていい。洋服全部が一目でわかるように収納できると厳選できます」
「かっこいいインテリアであふれた住まいも、私の希望にはありませんでした。光いっぱいの大きな窓にドレープたっぷりのカーテン、メンテナンスに気を遣えるうちはいいのですが、ガラス窓の掃除は大変です。カーテンの洗濯と干す作業も重労働。できなくなると湿気でカビが生えて健康被害の原因になります。そんなお家をたくさん見てきました」
「我が家でラッキーだったのは、夫が年下で住宅ローンを組める年齢だったこと。娘の教育費がかからなくなったぶん、余裕が出てきたころでもあります」(Rinさん)。
多くの金融機関では70歳までに住宅ローン返済を終えることを理想としている。Rinさん夫妻は夫名義で10年で完済する予定で住宅ローンを組んだのだそう。
一方で、年齢を重ねると病気がちになり、住宅ローン締結に不可欠な団体信用生命保険が締結できないリスクも増えてくる。
「夫には成人病の不安がありましたが、無事に保険審査が通りました。考えたくもないですが、夫に何かあったあとも私の住まいが確保されるので子どもにも心配をかけなくて済むので安心ですね」と、Rinさんの笑顔は晴れやかだ。
マンションか一戸建てか!? 防犯・防災面では一長一短
年をとっても段差がなく安全に住めるという点は、マンションも平屋も同じ。
では、防犯・防災面ではどのように考えているのか、防災士資格も持つRinさんに尋ねてみた。
「多くのマンションはオートロックですし、上層階なら通行人が窓の前を通り過ぎることもありません。防犯面ではマンションの方が安心かもしれません」
「ですが、高齢者の住まいとしてはライフラインの確保が大事です。いったん災害が起こって水や電気ガスが止まったとき、特に高齢者には一戸建ての方が生活を維持しやすいと考えています。エレベーターを使えなくなったらマンション高層階住民は重い水や食料の買い出しが難しい。自宅のトイレが使えず地上まで降りなければならないような場合、水分を控える高齢者もいて、あっという間に体調が悪化してしまう。助けを呼びやすい点でも、一戸建ての方が優れているのではないでしょうか」
「マンションと一戸建て、それぞれ一長一短ありますが、我が家では防災時のリスク軽減も考えて平屋を選びました。防犯面も、侵入者が隠れられるような塀は建てない、侵入口になる大きな窓は最小限にする、など工夫をしています」。一般的に平屋は2階がない分、建物が安定するため支えやすい。地震が起きてもダメージが小さいので、東日本大震災や熊本地震後、平屋に注目する人は増えている。
「ご近所や友人、娘が来てくれて寛げるような空間作りも心掛けました」というRinさん。周囲の人の見守りも、セキュリティの一端を担うはずだ。
暮らしがシンプルになるコンパクト平屋は、夫婦円満のとっておきアイテム
平屋に暮らし始めて6年ほど。Rinさんが住まいに求めていた「家族仲良し」は現在進行形だ。
「いま思うと、前のマンションではイライラすることが結構あったなあって。だって、自分も働いているのに夫は家事にあまり協力してくれない。子どもがいたこともあってモノがあふれていて、必要なときにすぐ見つけられない。疲れちゃっていましたね」
必要なものだけを厳選し、家事動線を整えた平屋暮らしになったいま、夫婦の仲良しレベルがアップ。
「モノが少ないと、すぐ掃除できるんですよ。掃除機をかける前に、まず散らばっているモノを片付けたり、家具を移動しなきゃいけなかったりするから面倒になるんです。床面が広がっていたら掃除機もすんなりです。洗濯物干しも、洗濯機から出してすぐ掛けられるバーがあると楽ちん。家事ストレスが減ったので、夫に優しくなれた気がします」と笑うRinさん。
さらに、何をどうすればいいのか “家事の見える化”が進んだ結果「夫が自然に家事をできるようになりました。お互いの様子を感じ取れる住まいということもあるのでしょうね」
Rinさんの計算外だったのは「庭で野菜づくりを楽しむ自分」。当初、庭を全面コンクリートにするつもりだったが、外構工事の担当者に「いずれ土いじりをしたくなりますよ」とアドバイスされ、半信半疑ながら一部だけ花壇にしたのだそう。
「夫はまだ通勤していますが、自分は自宅での仕事が多くなりました。知人に教えられて花壇で野菜づくりを始めてみると、植物の成長がとても楽しい。時間に余裕が出てくると自然に触れたくなるものなんですね。そういう意味でも、平屋を選んでよかったです」
夫妻の暮らしはこれからも変わっていく。
「ゆくゆくは高齢者施設への入居も視野に入っています」とRinさん。50代からの暮らしに喜びをもたらし、ゆるやかな変化も包みこむコンパクト平屋には、理想の住まいの形があった。