外壁、玄関やサッシを一新し、空き家対策としてDIY賃貸も
広々とした空に美しい芝生、ツートンカラーの外壁、美しい植栽……。「稲毛海岸三丁目団地」、通称「いなさん団地」を見た人なら、「えっ!築50年以上なの!?」と驚くのではないでしょうか。エレベーターこそないものの古さを感じさせず、むしろ今の建物にない「余裕」や「ゆとり」を感じさせる建物が並んでいます。独特の味わいに惹かれて、若い人が転居してくるというのも納得です。
この「いなさん団地」は、1968(昭和43)年から分譲され、8万4000平米の広大な敷地に5階建て27棟が配置されています。京成線京成稲毛駅から徒歩12分、京葉線稲毛海岸駅から徒歩約14分でアクセスでき、周囲には近年でも新築マンションの分譲が続くなど、住宅街として根強い人気を感じさせるエリアです。
「2016年に大規模修繕工事を終え、外壁塗装やサッシ交換、玄関などの共用部の工事をしました。NPO法人と管理会社、団地で連携し、空き家対策としてDIY可能な賃貸住戸をつくり、若い世代に住んでもらう取り組みもはじめています」と話すのはこの団地で理事長を務める草刈徹さん。理事長になってからは、管理組合を法人化するなど、住民の住みやすさのために日夜奔走しています。
このように現在、共用部も専有部も美しく手入れされている団地ですが、誕生して半世紀、現在に至るまでは、さまざまなできごとがありました。
無償で1.5倍の広さの新築マンションに!? 団地を揺るがした建て替え計画
「築20年を超えたころでしょうか、ちょうどバブル期、自己負担ゼロで1.5倍の広さの新築マンションに建て替えるという話がありました。当然、多くの住民が賛成にまわりました。当時、私は会社員でしたが、賛成にまわりましたよ」と述懐します。
「いなさん団地」のように敷地にゆとりがあり、駅から平坦、子育て世代に人気のエリアであれば、こうした建て替え計画が浮上するのは不思議なことではありません。ただ、建て替えをするのであれば、それが確定するまでの間、外壁や給排水設備の交換などの大規模修繕工事はできませんし、何をするにも「宙ぶらりん状態」となります。当然、メンテナンスをしなければ、建物は傷んでいきます。住民のみなさんには「新しい建物にタダで住みたい」「住宅ローンの残債が残っている」「スラム化させたくない」と、さまざまな思いがあったことでしょう。
しかし、バブル経済崩壊とともにこの建て替え計画も二転三転。2005年、最終的なプランでは、各住戸で約200万円程度負担し、さらに各人で引越し費用や引っ越し先を確保する必要が出てきました。それでも、建て替え決議では82.3%の賛成が得られたのですが、棟別に見たときに賛成4/5に達しない棟が8棟あり、当時の区分所有法で必要だった、「全棟について同一の建て替え決議」をクリアできず、建て替え問題はここでいったん終了となりました。
「やっぱりみなさん、この団地に愛着があるし、より良いものにしたいんですよね。建て替えをするとなると工事期間中の仮住まいと戻るのとで2回の引っ越しが必要になるし、心身ともに大きな負担になるでしょう。だから、ひと言で賛成/反対とは言い切れないものがあるんですよね」と草刈さんは解説します。
管理会社まかせにしない。できることは自分たちで
その後、築40年の節目となる2009年、最終的に「いなさん団地は、修繕・改修でいく」ということが決まり、それからは住民が一丸となって、『長寿命化を目指そう』で意見がまとまったと言います。
「建築やコンクリートの専門家に話を聞きましたが、『コンクリートは100年持つ』というので、じゃあ『築80年をめざそう』『ビンテージマンションをめざそう』ということで住民の意向がかたまりました。建物のメンテナンスはもちろん、住民の住みやすさを考えて、この10年、さまざまな対策を講じているんです」といいます。
冒頭にあげた大規模修繕工事などのさまざまな試みは、この「長寿命化」の一つだったのです。また長寿命化のために資金面での裏付けとして、修繕費積立金は月額平均4000円を値上げし、現在に至っています。
「現在、清掃や管理業務は管理会社に委託していますが、管理会社まかせにせず、馴れ合うことのない、緊張感が必要だと思います。また、住民ができることは自分たちでやっていて、20カ所の花壇や芝生などは、団地の『植栽会』が担っています」(草刈さん)といい、その甲斐もあって、建物を囲む芝生は青々として美しい姿を保っています。また、住民同士で電球の交換や日頃の不便を解消しあったりと、コミュニティ活動も盛んなのだそう。
大規模修繕工事を終え、次は住民の利便性を高めようと、宅配ロッカーや自動販売機などを導入。さらに管理棟に太陽光発電パネル、AEDを設置するなど、できることは次々と取り入れています。
「受け取り用の宅配ロッカーは、各社比較検討して、団地の住民だけでなく、周囲の住民も利用できるようにしました」といいます。さらに住民では車を手放したり、免許返納している人が増えていることから、カーシェアやシェアサイクルサービスの導入も検討しているとか。敷地に余裕がある分、こうした設備面でのアップデートは容易なのかもしれません。
もちろん、課題がないわけではありません。団地内には数十戸の空き家がありますし、全戸数768戸に対してはごくわずかとはいえ、管理費や修繕積立金の滞納もあるといいます。
「住民の意識が高いからか、管理費や修繕積立金の滞納はほとんどないんです。ただ、数戸あって、そのうち数件は『相続絡み』ですね。こればかりは粛々と弁護士と対応していくしかないですね」といいます。また、現在、団地内の空き家は70弱。こちらも多くはありませんが、冒頭に紹介した通り、管理会社と元千葉大の教授が主宰するNPOと連携して、DIY可能な賃貸が4戸誕生し、いずれも4組の若いペアが住み始めているなど、新しい試みがうまくまわりはじめています。
「千葉市では新婚カップルを対象に、高経年化した団地に住むと30万円補助金が出るんですが、当団地もこの制度の対象になっています。NPOと連携したリノベーションプロジェクトをして、若い人に住んでもらえたらうれしいですね」と草刈さん。人生100年が言われるようになった最近では、うまくいけば団地も築100年も見えてくるかもしれません。
「それは私たちが決めることではないので、次の世代の住民におまかせすることになると思います。まずは築80年まで、決められた計画通りに、メンテナンスしていければ」と話します。スクラップからストックの時代へ。いなさん団地の取り組みは、マンション長寿命化の時代の道しるべとなることでしょう。