「当たり前の人生」を生きたい トランスジェンダー家を買う

「当たり前の人生」を生きたい トランスジェンダー家を買う

イラスト/tokico

LGBTの当事者は、賃貸の部屋探しや物件購入に関していまだ制約を受けることが多い。
リクルート住まいカンパニーが実施した「SUUMO『不動産オーナーのLGBTに対する意識調査2018』では「LGBTを応援したい」と答えた不動産オーナーは37.0%と、まだまだ業界的に受け入れられているとはいいがたいのが現実だ。しかしLGBT当事者が実際に部屋を借りたり、物件を購入したりする際にどんな言動を受け、どんな思いをしているのか、生の声を知る機会は少ないのではないだろうか。

今回は、関東近郊に住む30代のトランスジェンダー、Aさんにお話を伺った。Aさんは戸籍上は「女」だったが、自分で認識している性別は「男」だった。20代で性別適合手術を受け、戸籍上の性別を「女」から「男」に変更。名前も同時に男性名に変えた。大学時代は賃貸で一人暮らしをしていたが、現在は結婚して一戸建てを購入。一児の父として暮らしている。Aさんはこれまで「住まい」に関してどんな不を感じて、どのように乗り越えてきたのか。当事者の一人称でお伝えする。

性別を書くと、担当者が「えっ?」

僕はいま30代後半だ。いまは注文住宅に住んでいるが、その前は3~4回ほど賃貸を住み替えてきた。なので、まず購入の前に、賃貸の部屋探しで記憶に残っていることを伝えておきたい。ただ、これは10年以上前の話なので、今もまったく同じとは限らない。そのことは心にとめておいてほしい。

まず、トランスジェンダーについて少し説明しておこう。「性的少数者に関する人権啓発リーフレット」(法務省)によると、トランスジェンダーとは「身体の性」と「心の性」が一致せず違和感をもつ人、と紹介されている。僕自身は、自己認識している性別が男性で、戸籍上の性別がかつては女性であった。

ちなみに僕は、20代半ばに戸籍上の性別を変更した。現在の日本では、戸籍の性別変更をするには性別適合手術をした後に、家庭裁判所に申し立てをして認められないと変えることができない。

性別変更をするためには、家庭裁判所に申し立てをして認められる必要がある(画像/家庭裁判所HPより)

性別変更をするためには、家庭裁判所に申し立てをして認められる必要がある(画像/家庭裁判所HPより)

住まいのことを考えるのにあたり、まず、戸籍の性別変更をする前のことを思いだしてみた。残念ながら、当時(約10年ほど前)賃貸の部屋探しで、必ずしも僕のような事情の人をすべての大家さんが認めてくれるわけではなかった。変更前は、見た目と戸籍が違う。当時の僕は、見た目は男。でも戸籍上の性別は「女性」で、名前も女性のものだった。

問い合わせの時点ではウェルカム。しかしいざ店舗に行って、申し込み用紙に性別を書いて名前を書くと、まず不動産仲介の担当者が「えっ?」と怪訝な顔をする。案内をしてくれて、申込をしたとしても、大家さん審査でNG。そんなことが覚えているだけで2回はあった。もちろん、自分がトランスジェンダーだったことが原因とは決めつけられないが、収入面など、他に目立った問題はなかったと記憶している。

もちろん、住民票どおりの女性を「演じること」はできなくはないが、当事者としては苦しいことだし、見た目が「男」であればそれも難しい。パートナーができれば、パートナーも一緒に好奇の目にさらされる。賃貸契約のたびに、心理的ストレスがかかることになる。

性別変更で経験した「根掘り葉掘り」

僕が戸籍上の性別を変更した当時は、賃貸マンションに住んでいた。つまり借りている途中で、自分の名前と性別が変わる。管理会社に連絡したら、契約変更に来てほしいとのこと。管理会社に伺うと担当者だけではなく、大家さんもいらっしゃった。大家さんは女性で40代後半から50代前半、管理会社の担当者も女性で、当時の僕と同年代(20代半ば)だったと思う。

(イラスト/tokico)

(イラスト/tokico)

彼女たちは大変理解がある人たちで、僕を温かく応援してくれ非常に感謝したのを覚えている。一方で(おそらく初めて見る)トランスジェンダーの僕に、とても好奇心を持っていた。「病気を自覚したのはいつ?」「手術はどういった内容なの?」「痛みはあるの?」――。普通、入居者にそのようなことを聞くだろうか?という疑問も湧いた。

追い出されるかと思っていたから、本心からありがたかったし、彼女たちに悪気がないことも十分に伝わっている。しかし好奇心ゆえの「根掘り葉掘り」をされないか、それ以来少し身構えてしまう。

性別変更という“告知事項”

そうして何回か部屋を住み替えた後、僕は結婚して一戸建てを買うことにした。家は注文住宅。ロフトに、暖炉もつくりたい。理想の家を創るのはすごくクリエイティブで、わくわくした。

Aさん宅の1F間取図。ウッドデッキやトイレを開けると目に入る薪ストーブなど、クリエイティブな仕掛けがたくさん(イラスト/tokico)

Aさん宅の1F間取図。ウッドデッキやトイレを開けると目に入る薪ストーブなど、クリエイティブな仕掛けがたくさん(イラスト/tokico)

Aさん宅の2F間取図。納戸はDIYで作成。天窓の位置にもこだわった(イラスト/tokico)

Aさん宅の2F間取図。納戸はDIYで作成。天窓の位置にもこだわった(イラスト/tokico)

しかし、トランスジェンダーの住宅購入には、ある難関がある。もし住宅ローンを組む3年以内に、性別適合手術をしていたとしよう。これはほかの病気と同じ「告知事項」に該当する。そして告知した後、住宅ローンを組む銀行側にどう判断されるのか分からない。

例えば生命保険の場合は、圧倒的に不利に働く。結婚したとき、僕自身、生命保険に加入したくて何社にも問い合わせをした。しかし性別適合手術を「告知事項」として記載したことで、いずれの会社からも「前例がない」と加入を断られてしまった。

告知事項ではなくても、住宅ローンを組む際に戸籍謄本を提出する場合、銀行側に戸籍の性別変更の事実も当然伝わる。僕の場合は、社会人として働きはじめたころから長年お付き合いしているメインバンクの担当者が、20代半ばの性別変更時も親身になって相談に乗ってくれた。なので、住宅ローンについてもあらかじめその担当者に相談をすることができ、無事に住宅ローンを組むことができた。ただ、某銀行の【フラット35】の担当者からは「そういう事情(戸籍変更をしたこと)については、告知しなくていいです」とアドバイスをもらった。人により事情もさまざまだろうから、自分自身が信頼できる複数の銀行や機関に相談して納得して決めることが大切だと思う。

とらわれずに「住まう」

先人が努力してくれたおかげで、日本でもLGBTをはじめとした多様性が理解されつつある。声を上げて道をつくっていくことも一つの方法だ。ただそれができる人ばかりではないし、他にも道のつくり方はあると思っている。「衣食住」の一つである「家」を借りる、買う、そこに対して社会とのコンセンサスをとれていないならば、LGBTの当事者が取り組んでいくことも今後につながるはずだ。

家も、今は購入することが全てではない。今は住まいのあり方が多様化している。住宅ローン審査のハードルが高いなら、その時その時で住みたい家に住まう賃貸の選択肢や、今払える金額で中古物件を購入しリフォームするなどしてみても楽しいかもしれない。

トランスジェンダーに限らず、世の中にはいろいろな障害や病気があるし、人それぞれに過去がある。そんな中でどう生きたいか。どんな家に、なぜ住みたいのか。それをひとつひとつ自問自答していけばいいと思っている。

僕自身の家は、開かれた家にしたい。近所の人も気軽に遊びにきてほしいし、近所の人の庭仕事を手伝ったり、冬には暖炉の周りに集まって焼き芋を焼いたり。

自宅暖炉のイメージ(写真提供/Aさん)

自宅暖炉のイメージ(写真提供/Aさん)

今も壁を塗ったり、ビスを打ったりとDIYしていると、近所の人が話しかけてきてくれるのがすごく楽しい。ご近所も社会の関係のひとつだ。家を建てて、周囲との関係性も一緒に育てていきたいと思っている。

DIYで収納棚をつくっている様子(写真提供/Aさん)

DIYで収納棚をつくっている様子(写真提供/Aさん)

家ができたとき、自分の両親はとても喜んでくれた。それ自体はいいのだが、同時に僕は、そのことに違和感もあった。両親を含め、なぜか「結婚も就職もできない。家も買えない」つまり「人並み」に生きられないと決めつける人が多い気がする。ほかの障害を持つ人に対してもそうかもしれないけれど、僕としては、それ自体も差別だと思うのだ。

普通の、当たり前の人生を生きたい。就職、結婚、家を買うことも、子どもを持つことも。「できないことなんてなかった。なーんだ、普通の人生だったじゃん」いつかそう呟けるように。トランスジェンダーにとらわれることなく、自然に生きてやりたいのだ。

引用元: suumo.jp/journal