各地を襲う洪水や巨大台風。地球温暖化を食い止める瀬戸際にきている
近年、世界中で、ハリケーンや大雨による洪水など異常気象が深刻化しています。日本でも、2019年台風15号19号による大水害、2020年熊本豪雨、2021年8月の記録的な大雨など自然災害が頻発。「地球が何かおかしい」と感じる人も多いのではないでしょうか。地球温暖化の主な原因となっているのが、産業革命以降、化石燃料の使用によって増加した二酸化炭素(CO2)などの大気中の温室効果ガスです。
2021年10・11月、イギリスのグラスゴーで行われたCOP26は、地球温暖化の進行により起きている問題について、国際社会がどのような対策をとるのか、話し合うための会議でした。
そもそも、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする「2050カーボンニュートラル」が意識され始めたのは、2018年のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)1.5℃特別報告書です。世界の科学者が発表する論文や観測・予測データを、選ばれた専門家がまとめています。当時は、温暖化対策の国際合意「パリ協定」で決めた産業革命前の地球の平均気温からの上昇を2℃に抑えることが野心的目標でした。まだ1.5℃は努力目標だったのです。しかし、2018年の特別報告書は、1.5℃に抑えた場合と2℃に抑えた場合の影響の大きな違いを科学的に示し、1.5℃に抑えるには、2050年までに世界のCO2排出量を正味ゼロにすることが必要だと明らかにしたのです。
そして、2021年8月のIPCC第6次評価報告書においては、1.5℃達成のために残された時間が少ないことに警鐘が鳴らされました。このため、COP26では、1.5℃を目指すことが公式文書に明記され、世界のスタンダードな目標になりました。
地球の平均気温が上がるとどんな危機が訪れるのでしょうか。COP26の取材を終えて帰国したNHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー堅達京子さんはこう言います。
「地球の平均気温が1.5℃や2℃上昇する危険性はピンと来ないかもしれませんが、1.1℃上昇した現在でも北極圏の氷や永久凍土が溶け始めています。気温の上昇が続けば、海水温が上がり、大気や海流の動きが変わることで、アマゾンの熱帯雨林がサバンナ化し、ついには南極の氷床が融解する可能性があるのです。この『温暖化のドミノ倒し』が起こる境界は、2℃前後と見られています。回避するためには、2030年までにCO2排出量の大幅な削減が必要です。1.5℃から先を食い止めないと、『温暖化のドミノ倒し』で、ホットハウス・アース(灼熱地球)になり、人類文明にとって最大の危機が訪れます。1.5℃は地球のガードレール、今が地球温暖化を食い止める正念場なんです」(堅達さん)
堅達さんは、気候変動やSDGsをテーマに数多くの番組の取材・制作に携わってきました。中でも、2017年12月、NHKスペシャル「激変する世界ビジネス”脱炭素革命”の衝撃」を放送すると、「脱炭素」という言葉が初めてツイッターのトレンドワードになり、検索数も急上昇。大きな反響を呼びました。2021年9月には、著書『脱炭素革命への挑戦』を出版しました。世界の潮流と日本の課題が、とてもわかりやすくまとまっていると、ビジネス界だけでなく、本を読んだ一般の人々からも、「今、読むべき本」との声が寄せられました。
「2030年まで、あと8年で何とかしなくてはいけません。イギリス滞在中、BBCでは、COP26を朝から晩まで放送し、オリンピック並みの関心の高さがうかがえました。地球温暖化による危機が差し迫っているリアリティを感じた2週間の取材でした」(堅達さん)
脱炭素化なくしてビジネスはできない!? 産業を仕組みから変える!
世界では、むしろこの危機をビジネスチャンスと捉える動きがあります。その動きを加速させたのは、2020年7月にEU(欧州連合)が新型コロナウイルスによる景気後退対策として創設した「欧州復興基金(Next Generation EU)」です。約94兆円に上るその基金は約3分の1が気候変動対策に充てられ、「グリーンリカバリーファンド」とも呼ばれています。
「『グリーンリカバリー』(緑の復興)とは、コロナ禍からの復興で必要になる巨額の資金を、脱炭素社会を構築する経済刺激策に投じようという考え方です。脱炭素を実現するには、化石燃料に頼ってきた産業の仕組みそのものを変えないといけません。世界各国は‘‘脱炭素革命‘‘に向け、大きく舵を切ったのです」(堅達さん)
2020年9月には、CO2の最大排出国である中国が、「2060年までにカーボンニュートラルを目指す」と表明し、アメリカは、バイデン政権発足直後の2021年2月に「パリ協定」に復帰。アメリカのグローバル企業も脱炭素に向けて行動を本格化しました。
「変化を印象づけたのは、アップルによる『2030年カーボンニュートラル宣言』です。ポイントは、自社だけでなく、iPhoneなどの自社製品の部品を提供するサプライヤー全体に及ぶこと。EUでは、2035年にCO2を排出するガソリン車やディーゼル車などの新車販売を全面的に禁止します。脱炭素なくして世界でビジネスができなくなる日も遠い未来ではありません」(堅達さん)
住宅業界で急がれる脱炭素化。世界は? 日本は?
金融界の変化と産業界が挑み始めた脱炭素化の取り組み。住宅業界についてはどうでしょうか。
「長期にわたって社会のインフラとして使い続ける住宅・建築物は、まっさきに手掛けるべき分野です。COP26議長国のイギリスでは、EV充電スタンドの新築住宅での設置を義務化しました。アメリカも200万戸以上のサステナブルな住宅や商業ビルの建設や改修を行うことを決め、カリフォルニア州では新築住宅の太陽光設置を義務化しています。日本でも2021年6月に政府が『グリーン成長戦略』を閣議決定しました。まだまだスタート地点ですが、今後、遅れていた住宅分野の脱炭素化が加速すると期待しています」(堅達さん)
2050年までに目指すべき住宅・建築物の姿とされているのが、ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)・ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)です。これは、快適な室内環境を実現しながら、建物で消費する年間の一次エネルギーの収支ゼロを目指した建物のこと。必要となるのは、断熱性能を高めることによる省エネと、太陽光発電設備等による再エネ(再生可能エネルギー)の導入です。
2030年までに、新築される住宅・建築物において、ZEH・ZEB基準の水準の省エネ性能が必要になり、新築戸建て住宅の6割において太陽光発電設備が導入される見込みです。
住宅業界の大手メーカーによる開発競争も激しくなってきました。進む注文住宅の脱炭素化に対し、遅れていた賃貸分野では、積水ハウスが、賃貸住宅「シャーメゾンZEH」を展開。2021年1月時点の累計受注戸数は3806戸です。大東建託は、LCCM(ライフ・サイクル・カーボン・マイナス)賃貸集合住宅を埼玉県草加市に2021年6月に完成させました。建設から解体までを通じてCO2排出量をマイナスにするLCCMの基準を満たす賃貸集合住宅は日本で初です。
脱炭素住宅の普及には、消費者の認知が重要です。「2020年注文住宅動向・トレンド調査」(2020年8月リクルート調べ)によると、建築者(全国)の ZEH認知率は67.0%。そのうち、導入した人は21.8%でした。ZEH導入による光熱費の経済的メリットは、平均で6865円/月です。2025年に、省エネ基準適合義務化、省エネ表示の広告義務化を控え、光熱費の目安など省エネ性能を不動産情報サイトでラベル表示する試みも検討が始まりました。
「メリットをビジュアル的にわかりやすく表示し、『見える化』するのは大事ですね。地球に優しいだけでなく、ヒートショックの防止、光熱費の節減など消費者のメリットがあり、中長期でみれば初期投資コストを取り戻せることもアピールするとよいでしょう」(堅達さん)
脱炭素化がスタンダードになったヨーロッパ。日本は遅れを取り戻せるか
日本では、環境問題を意識高い系の人がすることだとひとごとに考えたり、コストが高いと言われている再生可能エネルギーの推進は景気対策に水を差す、と考える人もいますが、ヨーロッパの人々はどのように受け止めているのでしょうか。
「特にSDGsの教育を受けた若者の意識は高いです。COP26開催期間中、グラスゴーでは、若者主導のデモが行われました。赤ちゃんを連れた参加者もいて、沿道の家から温かな声援が送られていました。自分の子どもやその子どもたちのために、今がんばらないといけないという気運が高まっているのです」(堅達さん)
世界では、CO2排出量1トンにつき規定の金額を税として徴収する炭素税(カーボンプライシングの1種)の引き上げが議論されています。2020年12月に行われた国連の気候野心サミットでは、カナダは連邦炭素税を2030年にCO2排出量1トンあたり、約1万5000円にまで大幅に引き上げると発表しました。さらに、EUで検討している「国境炭素税」は、地球温暖化対策が不十分な国からの輸入品に事実上の関税を課すものです。脱炭素に対し結果を出さないと、企業の利益や国益が守れないようになってきているのです。日本でも実質的な炭素税である『地球温暖化対策税』が2012年から導入されていますが、企業などが負担しているCO2排出量1トンあたり289円は世界に比べると極めて低い金額です。
「日本でもCO2を減らした企業が得をして減らさなかった企業が損をする仕組みづくりが必須だと思います。住宅業界に関しては、政府が補助金や法人税、固定資産税の税制優遇措置を進め、施主側も省エネに配慮した建物の設計を要求し、当初に必要なコストを受け入れることが必要です。とはいえ、我慢ばかりの脱炭素では、理解は得られないと思います。省エネに配慮した性能の高い住宅は住む人にとって、快適で健康面のメリットがあります。ノルマとして脱炭素を捉えるのではなく、未来への投資としてポジティブに考えてもらえたら」(堅達さん)
最後に、堅達さんが日々行っていること、私たちができることを聞きました。
「私は、家に内窓をつけて断熱性能を高め、フードロス軽減のため、ベランダにコンポストを置いています。なかなか習慣にするのは難しいけど、肉の生産で出る温室効果ガスを減らすため、一週間に1回は肉を食べない日も始めました。脱炭素を進めている企業を応援するなど消費者としてできることもたくさんあります」(堅達さん)
すでに、マイボトル、エコバッグ、車のシェアリングなど、身近なところで取り組みが進んでいます。脱炭素化は不可逆の流れ。さっそく今日からできることをしながら、今後の展開を注視したいと思います。
NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー
堅達 京子(げんだつ・きょうこ)さん
1965年、福井県生まれ。早稲田大学、ソルボンヌ大学留学を経て、1988年、NHK入局、報道番組のディレクター。2006年よりプロデューサー。NHK環境キャンペーンの責任者を務め、気候変動やSDGsをテーマに数多くの番組を放送。NHKスペシャル『激変する世界ビジネス “脱炭素革命”の衝撃』 『2030 未来への分岐点 暴走する温暖化 “脱炭素”への挑戦』、BS1スペシャル『グリーンリカバリーをめざせ! ビジネス界が挑む脱炭素』はいずれも大きな反響を呼んだ。
2021年8月、株式会社NHKエンタープライズに転籍。日本環境ジャーナリストの会副会長。環境省中央環境審議会臨時委員。文部科学省環境エネルギー科学技術委員会専門委員。世界経済フォーラムGlobal Future Council on Japanメンバー。東京大学未来ビジョン研究センター客員研究員。
主な著書に『脱炭素革命への挑戦 世界の潮流と日本の課題』『NHKスペシャル 遺志 ラビン暗殺からの出発』『脱プラスチックへの挑戦 持続可能な地球と世界ビジネスの潮流』。
※読者のご指摘により、記事の内容を一部修正いたしました(2022年1月12日)