ヒートショックによる死亡者数が交通事故の約4倍!?
国民が健康的な生活を送れるようにと定められているのが、省エネルギー基準(以降、省エネ基準)だ。この省エネ基準をクリアすることは家を建てる際の義務ではないが、例えば金利の優遇を受けられ【フラット35】S 金利Bプランの利用条件の1つに、「断熱等性能等級4」がある。これは現在の国の省エネ基準に相当する。また住宅ローン控除や固定資産税優遇制度などが受けられる長期優良住宅の「省エネルギー対策」も断熱等性能等級4が条件となる。
このように省エネ基準を満たす家づくりが推奨されている中、山形県は国の基準よりも高い「やまがた健康住宅基準」を2018年に定めた。これには同県ならではの切実な理由があった。
「実は山形県でヒートショックによる死亡者数の推計値は年間200名以上。これは交通事故による死亡者数の4倍にもなります」と山形県県土整備部建築住宅課の永井智子さん。しかも山形県といえば寒い東北地方、というイメージだが、実は山形市や米沢市は盆地にあり、寒い地方だけれど夏は暑いという、寒暖差の大きい地域。大きな寒暖差は、体に悪影響を与える。ちなみに2007年に岐阜県多治見市に抜かれるまでは、74年間も1933年に山形市が記録した40.8度が日本一の最高気温だった(現在は2018年に記録した埼玉県熊谷市の41.1度が最高)。
では「やまがた健康住宅基準」が国の基準と比べてどれくらい高いのか。比較したのが下記図だ。
表内の「地域区分」は市区町村単位で決められていて、山形県の場合、地域区分は3~5に分かれているが、「やまがた健康住宅基準」は地域区分ごとに断熱性能の高低レベルとしてI~IIIの3つを設定している。一番低いレベルIIIでも、国の基準はもとより、ZEH(年間の一次エネルギー消費量がゼロ以下)の基準をも上回る。一番高いレベルIは、ZEHの約2倍という高い数値だ。
暖房を切って寝ても翌朝室温10度を下回らない家
もともと山形県は省エネ活動に積極的で、以前から学識経験者や県内の住宅関係者、環境や森林部門など各部署の人々から成る「山形県省エネ木造住宅推進協議会」を設けていた。この協議会の会長で、省エネ住宅に詳しい山形県東北芸術工科大学の三浦教授をはじめたとした学識経験者の方々に意見をうかがいながら「HEAT20」の基準を参考に「やまがた健康住宅基準」を定めることにしたのだという。
「HEAT20」が推奨するUA値は3つのレベルがあり、それが下記の数値だ。一番低いレベルの「G1」の数値を見ると、地域区分3では0.38、4なら0.46、5は0.48(いずれも単位はW/m2・k)。そう、山形県のレベルI~IIIの基準値と同じなのだ。
ちなみに「HEAT20」では、「G1」レベルの家で地域区分3~5(山形県の全域が該当)の場合、冬の最低の体感温度が概ね10度を下回らない断熱性能があるとしている。「ヒートショックを防ぐためには、最も寒い時期でも就寝前に暖房を切り、翌朝室温が10度を下回らないように」(永井さん)という断熱の目的に合致した基準というわけだ。
「やまがた健康住宅基準」と認定された住宅を建てた場合は、県による「山形の家づくり利子補給制度」の「寒さ対策・断熱化型(やまがた健康住宅)」として補助金を受け取ることができる。
上記表の「寒さ対策・断熱化型(やまがた健康住宅)」は「やまがた健康住宅基準」の認証を受けることが条件だが、認証制度を開始した2018年度で21件、2019年度で35件と着実に伸びている。「やはり暑さ寒さが身に染みている県民だからこそ、多少初期費用が高くても断熱性能の高い家を求めるのではないでしょうか」と永井さんは分析する。
鳥取県は山形県よりもヒートショックの危険が高い!?
一方、同じ日本海側とはいえ山形県よりずっと西に位置する鳥取県も、同様に国の基準より高い「HEAT20」の基準を参考に、「とっとり健康省エネ住宅性能基準」を定めた。西の方だからさほど寒くないのでは?と思いがちだが、同県のシンボルの一つである大山(だいせん)にはスキー場もあるなど、冬になれば雪が積もる。鳥取県住まいまちづくり課の槇原章二さんによれば「国のスマートウェルネス事業にも携わっている慶応大学の伊香賀先生の調査によれば、鳥取県は全国の冬季の死亡率割合がワースト16位だったんです」という。
すべての死因がヒートショックによるものかどうかまで精査するのは難しいが、冬の心疾患や脳血管疾患といえば、ヒートショックにより引き起こされる疾患の代表格。その数が寒冷な北海道や青森県よりずっと多いのだ。また上記グラフをよくみれば、死亡増加率の高い県は、意外と比較的温暖な地域がずらりと並んでいることに気づくだろう。「ヒートショックは寒い時期に起こりやすい→だから寒くない地域はそこまで心配する必要はない」という油断が、この結果を招いているのだと思われる。
一方で、上記の考え方に沿えば「寒い地域だからこそ、家の断熱性は高くしよう、家を暖かくしよう」と考える人が多いからこそ、寒冷な地域は数が少ないのかもしれない。とはいえ、上記表でベスト9位という山形県でも、先述の通り交通事故の4倍がヒートショックで亡くなっている。そう考えると東西南北を問わず、日本全体がヒートショックの危機にさらされているということになる。
そもそも日本は昔から高気密高断熱の真逆、通気性を重視する家づくりが盛んだった。吉田兼好は「家つくりやうは、夏をむねと すべし」と、夏のジメジメした気候に合う、通気性のよい家づくりをと、徒然草に書いたほどだ。日本人の多くは、断熱性の低い住まいが当たり前だったことから、室内温度は外気に左右されやすいもので、家にいても「夏は暑い、冬は寒い」「北は寒い、南は暖かい」のは当たり前、という考えが根付いたのだと思われる。なにしろ高気密高断熱の住宅という考えが日本に知られるようになったのは、西洋風の住宅が広まりだした1960~70年あたりからと、日本の歴史から見れば、つい最近の話なのだ。
全館空調システムを導入しても採算が取れる家
もともと県内で健康省エネ住宅の普及に取り組んできた民間団体であるとっとり健康省エネ住宅推進協議会(代表理事 谷野利宏)に県としても参加し、協議会で話し合いを重ねる中で、健康省エネ住宅の普及に向けて県としての省エネ住宅のモノサシをつくろうということになったという。
「ヒートショックを防ぐためには、廊下も含めて住宅の隅々まで同じ温度であることが必要になります。そうなると全館空調システムは必須。では全館空調システムの効果を高めるためには、住宅の断熱性能がどの水準にあればいいのか、光熱費の削減率や高気密高断熱住宅を建てるコストはいくらほどになるのか、をシミュレーションすることから始めました」と、鳥取県住まいまちづくり課長の遠藤淳さん。
その際に、山形県同様「HEAT20」の断熱基準を元にシミュレーションしてみたのだという。「HEAT20」の基準を元に計算した理由は、遠藤さんは以前から日本の基準がヨーロッパなど世界と比べ低いことに課題感を持っていて「HEAT20」の基準が欧米で義務化されている水準であることからだそうだ。
シミュレーションの結果「初期投資があまり高くなりすぎず、全館空調の効果を高める断熱性能の基準がUA値0.48であることがわかりました。UA値0.48は「HEAT20」の基準で地域区分が5のG1に相当します。鳥取県はほとんどが地域区分6ですが、県全体の共通基準としてシンプルに示すため地域区分5のUA値を採用しました」(槇原さん)。それが上記表の「とっとり健康省エネ住宅性能基準」の「T-G1」にあたり、国の基準値で建てた場合と比べると、光熱費を約30%削減できるというシミュレーションの結果となった。さらに断熱性能の高い「T-G2」や「T-G3」であれば、それぞれ約50%、約70%の削減に繋がる。「T-G2なら15年で初期費用の増額分を回収できるくらいの光熱費削減効果があります」と槇原さんはいう。やはり断熱性能が高ければ、光熱費を大幅に削減できるのだ。
始まったばかりだが、省エネ住宅を建てられる施工会社は多い
先述のシミュレーション結果をもとに策定した健康省エネ住宅性能基準を軸に、鳥取県では令和2年(2020年)度から「とっとり健康省エネ住宅普及事業」をスタートさせた。上記表の通り、補助金制度も用意したが、まだその詳細が決まっていないころの2019年の年末の仕事納めの日に、遠藤さんたちは知事にこれらの事業について報告。さあ、年が明けたら忙しくなるぞ、と思っていたら知事が年頭の挨拶でこの「とっとり健康省エネ住宅普及事業」について発言したため、正月から各メディアに取り上げてもらえたという、うれしいサプライズがあった。
知事による発言の効果もあったのだろう、2月に行った施工会社等事業者向けの説明会には、想定を超える200名以上が参加。5月から6月にかけて事業者向けの技術研修にも271名もの参加者があったという。
この技術研修の最後に、平たくいえば試験が行われ、そこで合格した人が「とっとり健康省エネ住宅普及事業」の登録事業者になる。登録事業者が建てて、とっとり健康省エネ住宅性能基準を満たした住宅が「とっとり健康省エネ住宅」と認定される。7月末時点で登録事業者は設計が121人、施工が104人(両方取得した人もいる)。スタートしたばかりにも関わらず、いずれも想定以上の人数で、業界をあげて事業に積極的であることが伺える。
この状況に対して遠藤さんは「年頭の知事の発言で『県が本腰を入れて取り組む事業』と周知されたことで注目を集めたことと、事前説明会で、日本の基準が世界と比べてかなり低いということ、思いのほか無理のない費用で高気密高断熱の住宅が建てられること、光熱費の削減効果でゆくゆくは初期費用の増加分のもとが取れることを伝えたことで、事業者の方々にも魅力を感じていただけたのだと思います」
さらに「2021年から新築住宅に対して施主への省エネ基準の説明が義務化されたことも大きいのでは」と遠藤さんは指摘する。
実は、事前説明会に参加した事業者の約6割が、これまで建てた家のUA値を把握していなかったという。だとすれば、「とっとり健康省エネ住宅」の認定住宅を建てれば、この説明義務も果たせるし、商品として魅力的に映ると考えてもおかしくはない。
もちろん家を建てる側からすれば、難しい数字で説明されるより「国よりも厳しい基準の省エネ住宅で、T-G2というレベルなら15年で初期費用の増額分を回収できる」のほうが分かりやすく、しかも光熱費の削減の具体的な数字が見えるのはうれしい。
地方発の断熱性能向上革命は、成功するのか!?
先述のように、「とっとり健康省エネ住宅普及事業」は今年度に始まった事業で、事業者への研修も6月末でようやく終わったばかり。しかし、実は以前から「とっとり健康省エネ住宅性能基準」をクリアするほどの省エネ住宅を既に手がけている事業者もいるという。もちろん既に建てられた家は事業開始前ゆえ、補助金は支給されないのだが、中には「それでもいいから、認定だけ欲しい」という施主もいるという。
山形県同様、それだけ暑さ寒さが身に染みていた県民がいたという証でもある。そのなかで「T-G2」(経済的で快適に生活できる推奨レベル)のUA値0.34を超える0.32の家を建てたKさんは「冬の寒い時期の、2月に福山建築さんの見学会に参加したのですが、エアコンが1台しかないのに、家中どこでも暖かくて驚きました。住むならこんな断熱性能の高い家がいいと、お願いしました」という。同社は県の事業が始まる前から、積極的に高気密高断熱の家を手がけてきた地元の施工会社の一つだ。
実際に住んでみると「冬でも毛布1枚で眠れますし、日中はTシャツ1枚でも十分です。こたつなどの暖房器具を出す手間も減りました」とKさん。UA値やC値といった数字では、なかなか「暖かい」「涼しい」が見えないため、こうした“体験談”の口コミは貴重だ。
先述した山形県でも“体験型”による省エネ住宅の普及が期待されている。同県の飯豊町では2019年11月から、やまがた健康住宅基準の中で2番目に高い基準の、レベルIIの認証住宅を建てることを条件に分譲地を販売しているが、この一角に「6月5日にモデル住宅が完成し、今後は体験宿泊も検討されています」(山形県県土整備部建築住宅課 永井智子さん)。
徒然草に書かれるほど、2000年近くも高気密高断熱の家とは無縁の生活を送ってきた日本人。そこから障子や欄間など日本固有の文化が生まれたのは確かだが、しかし「残念ながら日本の現在の省エネ基準でも、健康的に暮らせるレベルではありません」と槙原さん。とっとり健康省エネ住宅普及事業のホームページに掲げた、上記の「とっとり健康省エネ住宅性能基準」のグラフに、敢えて欧米の省エネ基準が併記されているのもその強い想いの表れだろう。では、本当に山形県や鳥取県のいう省エネ住宅なら、健康的に快適に暮らせるのか? 長年「夏は暑い、冬は寒いのは当たり前」という意識が身に染みている人にとってみれば、Kさんの「冬でもTシャツ」は本当なのか、Tシャツで「快適」と本気で思えるのか、と疑問も湧くだろうが、まずは山形県や鳥取県の省エネ基準をクリアした家の、見学会や宿泊を通して、身をもって体験してみるといいだろう。